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黒耀石研究センター

信州大学理学部において、2013年度の研究集会が開催されました

2013年06月17日
明治大学 研究・知財戦略機構

信州大学理学部において、2013年度の研究集会が開催されました

 2013年6月9日、文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業「ヒト-資源環境系の歴史的変遷に基づく先史時代人類誌の構築」プロジェクトで発掘調査している長野県長和町、広原遺跡群で採取されたボーリングコアの試料(HB-1A, HB-1B, HB-1C)を中心的な議題とした集会では、試料を実見し、堆積状況、火山灰など細部にわたる議論が交わされました。なお、この試料検討の導入のためにおこなわれた、発表は次のとおりです。

■発表者と論題
1. 吉田明弘 花粉分析と試料の扱い方
Introduction to pollen samples and analytical methods in the NHRE project – The pollen analysis for the sediment cores in the Hiroppara wetlands-

2. 公文富士夫 広原遺跡におけるボーリング調査2013のコア試料
Scientific drilling 2013 at the Hiroppara archaeological sites, Nagawa-cho, Nagano Prefecture, Japan

3. 隅田祥光 広原湿原発掘調査により得られた遺物試料の岩石学的研究の手法と見込み
Method and prospect of the petrographical analysis for the specimens excavated at the archaeological site in the Hiroppra wet land

4. 島田和高 長野県広原遺跡群発掘調査2013(第3次調査)速報
The third excavation of the Hiroppara site group 2013 in Nagawa Town, Nagano Prefecture, Japan

5. 細野 衛・佐瀬 隆 植生調査(HP-3)から気がついたこと—広原湿原の微地形と植生分布,および埋没地形との関係—


■発表要旨
1. 吉田明弘 花粉分析と試料の扱い方
長野県諏訪盆地周辺では,諏訪湖(安間ほか,1990),大阿原湿原(Morita, 1985;津田,1990;竹岡,1991),八島ヶ原湿原(叶内・杉原,2007),白駒湿原(Morita, 1985)などにおいて最終氷期以降の花粉分析結果が報告されている。2009年,広原湿原(標高1400m)においてNHRE プロジェクトによって長さ約3.6mのボーリングコア試料(HB-1Aコア)が採取された。この湿原堆積物は,AMS年代値から最終氷期まで遡ること可能性が高く,諏訪盆地周辺地域における最終氷期以降の古環境変遷(植生,気候,地表環境)を解明するための重要な手がかりとなる。そこで,本研究ではボーリングコア試料から4cm間隔で分取した91試料について花粉分析を行なっている。本報告では,試料採取や分析方法,さらには今後の解析などについて紹介する。

2. 公文富士夫 広原遺跡におけるボーリング調査2013のコア試料
 広原遺跡の発掘地2カ所の近接地点で,2本の学術ボーリングを実施した.それぞれで約10m長のコア試料を得た.今回用いた掘削方法は2重の掘削管を用いるもので,外側の管に回転をかけて掘削進め,回転しない内側の管に試料を収納することで,軟質の堆積物でも乱れのない状態で回収することができる.
 ボーリングは堆積物の重なりを連続的に,かつ深い層準まで回収して調査や研究に使うことができる優れた方法であるが,いくつかの留意しなければならない点がある.
 1) コア試料は1mとか1.5mの長さに削り込み,地表に回収して,再び試料採取を繰り返す.そのため1つの採取工程と次の採取工程の間で採取されたコア試料間に「ギャップ」が生じる(この境目を採取境界として認定することが重要).ギャップの中身は,採取したはずのコアの下端部が落下して欠如が生じる場合と,その落下物や壁から剥離した堆積物が孔底に溜まり,それが次のコア試料の最上部に入る場合とがある.後者の「よけいな堆積物」は擾乱・流動化(軟弱化)しており,スライムと呼ばれる.
 2) 今回使用した掘削機では,試料がビニール筒に収納される仕組みになっている.そのビニール筒には上下のマークが記されている.採取コア試料の取り扱い過程で上下を間違う場合があり,注意深い取り扱いが必要である.また,1m長のコア箱に収納するために採取された筒状の試料を恣意的に切断する場合(切断境界)もあるので,その場合にはコア箱の次の列に並べられた試料との連続性が保証されている.
 3) 採取されたコアの深度は地表部からのロッドの長さでコントロールされているので,深度が大きくなればなるほどロッドのたわみなどによる誤差が大きくなる.一方,前述したように採取された試料長にも誤差が生じるので,コア試料には高い精度での深度コントロールは望めない.
 4) 掘削した試料が回収過程で掘削ビットの先端からながれ落ちてしまうことがある.その場合には,掘削孔の隣で掘り直して,回収できなかった部分を取り直して補うことが行われる.その場合には,深度を基準としつつも,岩相の類似性(鍵層)などに基づく対比が重要となる.
 
 2013年4月~5月に発掘した遺跡付近で掘削したコア試料には,予察的な観察結果であるが,以下のような岩相の重なりが見られた.
HB-3コアの概要 (深度10mまでの結果)
 表層~深度50cm:黒色土壌(クロボク)
 50~384cm:厚さ10cmほどの漸移帯を介して礫混じり橙色ローム層
 385~635cm:大~中の安山岩礫混じりの粘土質砂
 635~780cm:紫灰色の巨大な安山岩ブロックが主体.基質は砂質粘土.
 780~950cm:礫混じり砂質粘土~安山岩層(礫?),テフラ層など多様岩相
 950~988cm:風化した安山岩
 目を引く特徴は,深度320~328cmにごま塩状の見かけをもつ粗粒テフラ(高野層のDKPに類似),855~889cmにラテライト様に赤く風化した安山岩,915~940cmの暗赤色スコリア層が見つかったことである.下部の堆積物には断層状のズレが認められることもあり,下部層準は更新世後期以前という可能性がある.テフラの同定が必要である.

3. 隅田祥光 広原湿原発掘調査により得られた遺物試料の岩石学的研究の手法と見込み
 本発表では,まず,明治大学黒耀石研究センターにおいて実施可能な元素分析の手法について紹介する.特に,最近,立ち上げられた,黒曜石製遺物の非破壊分析の手法論について紹介する.そして,元素分析に基づいた,石器,石材の産地推定の一つの手法を提案する.ただし,広原遺跡周辺の黒曜石の原産地試料の収集,地質学的調査は,不十分であり,直ちに,実施する必要がある。
 
4. 島田和高 長野県広原遺跡群発掘調査2013(第3次調査)速報
 長野県長和町に所在する広原遺跡群の第3次調査は,2013年4月27日~5月12日にかけて実施された。旧和田村教育委員会による分布調査(1988〜1992)の成果に基づき,広原湿原の周辺に分布する遺跡を7つに区分し,湿地を含む景観と合わせて広原遺跡群と呼ぶ.
 第3次調査では,広原第II遺跡の第2調査区(EA-2)における発掘調査と広原I遺跡,II遺跡の地質ボーリング調査を計画し実施した。これまでの広原I遺跡(EA-1)と広原II遺跡(EA-2)の発掘調査により湿原の周囲に後期旧石器時代前半期から縄文時代前期にかけて重層的な人類活動の痕跡が残されていることが判明している.第3次調査の結果,より具体的に考古学的遺物の包含層の時期と変遷並びにその組成が明らかにされた.
 広原II遺跡の主な遺物包含層(暫定的に土層名を冠し文化層と仮称)は,以下のとおりである.2a・2b文化層:縄文時代早期前半の押形文土器群を中心とし,鍬形鏃・穀磨石・礫器・土坑を伴う.3文化層:漆黒黒曜石製の打面調整石刃とスクレイパーに代表される石器群(杉久保系と推定),4a文化層:黒曜石集石1(及び3)に伴う基部・二側縁・部分加工ナイフ形石器,台形様石器,ノッチ,平坦打面厚手石刃に代表される石器群(長和町追分IV文化層,関東V~IV下層初頭).4a層下半部(試料No.25)にATガラスの検出ピークがある.4b文化層:黒曜石集石2に伴う透閃石岩製の局部磨製石斧,平坦打面薄手石刃に代表される石器群(関東IX層上部~VII層下部段階).5層以下は無遺物層である.
 特に注目されるのは,4b文化層から出土した局部磨製石斧である.後期旧石器時代前半期前葉(eEUP:約40,000-約35,000較正年前)のタイプ・ツールである.長野県内では野尻湖遺跡群で多数出土しているが,標高1400mの中部高地黒曜石原産地では初の発見であり,eEUP集団の原産地開発を直接証明する資料となった.

※「2013年度広原II遺跡EA-2発掘区と成果の概要(ver.1)」を下記に示します。

5. 細野 衛・佐瀬 隆 植生調査(HP-3)から気がついたこと—広原湿原の微地形と植生分布,および埋没地形との関係—
 去る5月7~9日、広原湿原の調査(HP-3)に参加した.主目的はモッコリ山の陸域EA-2拡大トレンチの断面記載と試料採取であった.その間,必要に応じて湿原とその周辺域の植生環境の観察を実施した.その過程でプロジェクト全体に参考になる知見を得られたので話題を提供する.
1) この時期の湿原の植物は,ほとんど枯れた状態であった.目視する限り,スゲ類と思われる枯葉が,湿原全域を覆っていた.枯れた葉の下には,スゲの緑色の小さな幼葉が確認できた.
*スゲ類はカヤツリグサ科スゲ属の仲間,多年草で湿潤環境に生育するのが多い.日本で確認されているスゲの仲間は200種を超えるという.なお,広原湿原のスゲ類の同定は今後の課題である.
2) この枯れた状態のために,湿原の地形の様子が観察できた.それは平坦でなく,かなりの傾斜をもつ湿原であった.さらに、山地間の谷(Va-1~5)沿いもスゲ群落を認め,湧水が出ていた.特にVa-4~5は急傾斜であった.湿原の余剰水はDrから流れて和田川に合流する.各谷頭からDrに向かう勾配は概算で100~150パーミルであった(10m等高線による).このように傾斜面をなす湿原を、“傾斜地(斜面)湿原(仮称)”として区別してもよいかもしれない。
3) 湿原内のササ(クマイザサ),樹木(シラカンバ,ノリウツギ)の分布に規則性があるようだ.分布域は谷と谷との境界の合流部下流付近の帯状、細楕円状の高まりに認められるようだ.
4) 仮説:谷から水の流れがあり,その際に浸食作用が湿原域に至ると流れの両側に粗粒物質を堆積する.谷と谷との合流沿いに帯状,細楕円状の微高地“堆積堤”を形成する.
5) トレンチTR-2試料に確認されたササの拡大は,仮説の一つとして土砂の流入が関わるとしたが(佐瀬ほか,2013),その流入の動態は上記の2,3,4の過程が想定される.
6) 湿原内の現在の流れは,おそらく過去から,ほぼ同一の流路を維持していた可能性がある(谷の保守性).他方,時に過去の時代において下刻作用の強弱,流路の変化,堆積の場の移動があった可能性もあろう.
7) トレンチTR-2(深さ3m余り,年代約1万年),機械ボーリングHB-1(深さ3.7m余り,年代2万年を超える)とは10mも離れていないにも関わらず,層相,層厚や生成年代開始時期に違いがあり,これは谷から続く流路や流量の変動に起因するかもしれない.
公文(2013)は「RT-2トレンチから10mも離れていない場所から,年代と岩相が異なるHB-1堆積物が発見されたことは,広原湿原の形成プロセスは再検討する手がかりになる.広原湿原をある時期に生じた“堰き止め”で説明することは困難で,小さな谷にそった緩斜面上に,いろいろな時期に凹凸が生じ,それが埋積と浸食を繰り返して出来たものと考える方がよいように思える」と指摘したが,今後湿原生成史を考えるうえに示唆をあたえる.
8) Dr出口の高さの変動、すなわち浸食基準面の変動の解明
 湿原内の微地形の変化要因は、Dr出口の高さ変動、すなわち浸食基準面の変動にも支配されよう。
*今後の課題:大縮尺地形図の作成の必要性.等高線0.5m間隔程度,1/5000程度の大縮尺地形図,地形断面図を作成して湿原域の微地形(谷,堆積堤)の様相をさぐる.さらに,それから埋没微地形(谷,堆積堤)を推定する.TR-2やHB-1の地点が微地形図面上の何所に記載されるか,広原湿原形成史解読の鍵を担っていよう.



※研究集会の様子を下記に示します。