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明治大学に残る戦争遺跡(6):ヒマラヤ杉並木のメモリアルコーナー(キャンパス編)

【写真①】センターフォレスト1階のメモリアルコーナー 【写真②】登戸研究所本部とヒマラヤ杉並木のジオラマ 【写真③】ヒマラヤ杉の木材から作成されたランプシェード 【写真④】ヒマラヤ杉の木材から作成された椅子 【写真⑤】新たに植樹された第2代ヒマラヤ杉  写真はいずれも山田朗撮影

2026.5
明治大学に残る戦争遺跡(6):ヒマラヤ杉並木のメモリアルコーナー

明治大学史資料センター運営委員
山田 朗(文学部教授)
 
 2024年9月に本コーナーに掲載した「明治大学に残る戦争遺跡(5):日本高等拓植学校とヒマラヤ杉並木」において生田キャンパスに建設される新校舎には、2023年8月に伐採されたヒマラヤ杉並木の記憶を記録するスペースが設置される旨を記した。この新校舎(センターフォレスト:CF)は、図書館・教室・自主学習スペースの複合的機能を有する建物として2025年3月に竣工した。
 そのセンターフォレストの1階に「メモリアルコーナー」【写真①】がある。壁面のパネル展示では、この生田の丘の歴史を日本高等拓植学校時代(1932年~37年)から、陸軍登戸研究所時代(1937年~45年)、慶應義塾大学登戸仮校舎時代(1945年~50年)を経て明治大学生田キャンパス(1950年~現在)に至るまでを当時の写真を交えて解説している。
 メモリアルコーナーには、登戸研究所時代のヒマラヤ杉並木と登戸研究所本部の建物のジオラマ【写真②】も展示されている。この建物は、ブラジル移民(アマゾン地域の開拓)を育成する日本高等拓植学校の講堂として建てられ、登戸研究所時代は研究所本部として、慶應義塾大学時代には仮校舎本部・教室として、明治大学時代には生田キャンパス初代図書館などとして使用されてきたもので、1990年に老朽化のために解体された。また、伐採前のヒマラヤ杉並木のドローンによる空撮映像などをモニターで見ることもできる。
 そして、このコーナーに設置されている大きなテーブルと丸太の腰掛けは、全てこの地にあったヒマラヤ杉の木材で作られている。ヒマラヤ杉の木材は、エントランス近くのランプシェード【写真③】や図書館の椅子の一部【写真④】にも活用されている。
 なお、2026年度中には、この地にあったヒマラヤ杉の丸太の年輪資料(年輪部分に歴史的事件名の刻み込んだもの)が新たな展示物として加わる予定である。
 日本高等拓植学校時代に植樹された初代ヒマラヤ杉の姿とその木材はメモリアルコーナーとセンターフォレスト内の随所に残されることになったが、それだけでなく、生田キャンパスの整備が進む中で、明治大学の手によって第2代ヒマラヤ杉も植樹された【写真⑤】。第2代ヒマラヤ杉は植村直己記念モニュメントの南側(第一校舎3号館北側)に4本が植えられている。その1本には、かつてのヒマラヤ杉の「記憶を継承する後継樹として」この木が植えられた旨が記されたプレートが付けられている。森を連想させる8本の巨大な初代ヒマラヤ杉並木を知る私たちにとっても物足りなさは否めないが、第2代ヒマラヤ杉の今後の順調な成長を期待したい。
 メモリアルコーナーは、誰でも利用できる休憩・談話のスペースとして設けられている。生田キャンパスの土地が、過去においては国策遂行のための移民養成学校、秘密戦のための兵器・資材開発のための軍事研究所、米軍占領下で居場所を失った他大学のキャンパスとして使われていたという「日本近代史の縮図」とも言える場所であったということに時には思いをめぐらしてほしい。私たちが学び、研究に取り組んでいる場所には、そのような過去があり、私たちも大きな歴史の流れの中で生きている。一見すると海外への移民とか戦争といったことは、現在を生きる私たちと直接的な繋がりがないように思えるかもしれないが、その土地に刻まれた歴史を知ることで、自分たちも移民・戦争・占領といった歴史の延長線上に生きていて、その記憶と経験を継承していくことの意義について考えていただけたらと思う。