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本棚「三遊亭円朝と民衆世界」須田 努 著 (有志舎、5,000円+税)



「真景累ヶ淵」「怪談牡丹灯籠」「文七元結」といった名作を遺した、幕末明治の噺家、三遊亭円朝。本書は、民衆運動を研究してきた著者による異色の円朝論である。円朝作品が今も愛されるのは、自らの生きた時代を活写することで、人間の心理に迫ったからであろう。民衆教化という国家の要請に応じつつも、民衆のリアルな生を描き続けた円朝を、著者は民衆史に適した主体と見る。

著者はかつて『「悪党」の一九世紀』で、百姓一揆の変質に着目した。19世紀に入ると、一揆の作法を逸脱する暴力事例が増え、社会が混迷を深めていったさまを明らかにしたのだ。本書では、こうした歴史観から、円朝作品が斬新に読み直される。円朝の真骨頂ともいえる、怪談噺の凄惨(せいさん)な殺しの連鎖も、19世紀の混沌を生きた人びとの葛藤として、とらえ返される。文明開化政策では、横溢(おういつ)していた暴力の統御も進められたが、「人びとは、この逼塞(ひっそく)する空気を“切り裂く”エネルギーの具現化として、円朝の噺に登場する暴力に熱狂した」と著者は考察する。

青木 然・明治大学リバティアカデミー講師、たばこと塩の博物館学芸員
(著者は情報コミュニケーション学部教授)