2026.04
生田キャンパスで2026年1月に起きた出来事
~めいじろうへささぐ~
~めいじろうへささぐ~
明治大学史資料センター運営委員
福岡英朗(生田キャンパス課長)
前回、ここのコーナーで明治大学生田キャンパスのことを書いた。↓
と思ったら、25年の4月に法学部事務室から生田キャンパスへ配属となった。まさか、書いたから異動となったとは思わないが、あのコラムを読んで異動を命じたとしたら、素敵な上層部だな、と思う。そんなことは無いだろうけど。生田キャンパスへの配属を希望したことは無いし。
生田へ配属された日、同コラムを読んだ同僚の杉谷さんから「風、感じてますかあ?」とからかわれる。また、「明治大学で一番キレイだと思っている」と書いたA館横の桜も堪能することができた。しかし、その桜はその後、工事のために切られた。その上、自分が配属された部署は、切る責任部署だったので、いろいろと感慨深いものがあった。いずれにせよ、工事完了後、2026年度の生田キャンパスは、人類史上一番素敵なルックスのキャンパスとなっていると思う。
2026年1月13日の火曜日
農学部の村上教授が生田キャンパス課(私の部署です)へ飛び込んで来る。「フクロウの子供が巣から落ちている」とのこと。見に行くと、確かに学生会館前の木の下に、小さなフクロウ、いや、耳があるのでミミズクか、が丸くなっていた。この時点では、確かに巣から落ちた雛のようにも見えた、小さいし、丸っこいので、めいじろうのぬいぐるみに少し似ていた。
たまたま、農学部の倉本教授が学生会館の前を歩いていた。その姿が、蜘蛛の糸、というか、天使?地獄に仏?に見えた。「倉本先生!倉本先生、こういうの、どうすればいいんでしょうね?」と大声で呼び止める。倉本教授は里山や生物多様性の専門家なのだ。
倉)野生の生き物に関しては、人間が影響を与えてはならない。見守るしかできない。
福)なるほど、でも、なんだか寒そうなので、落ち葉をかけてあげるくらい良いですかねえ?
倉)それくらいは良いんじゃない?
倉)それくらいは良いんじゃない?
落ち葉を布団のようにかけてあげると、ミミズク、気持ちよさそうに目をつむった。と思ったら、嫌だったみたいで、その後、落ち葉を避けて出ていた。人間の勝手な思い込みは良くないな、と思った。
その後、重要な業務のため、中央校舎2階の会議室に居ると、窓からあのミミズクが見える。学生が気付いたようで、何人かの学生が見に来て去って、また別の学生が来ている。
事務室へ戻って、もう少し野生動物について調べてみる。倉本教授の言われたように、やはり見守るしかないらしい。しかし、一つの文を見つけた。個体がカラスや猫に攻撃されている場合は、保護をしても良いらしい。キャンパス内にはカラスや猫は居るので、これは保護の理由になるのではないか?
村上教授から教わった野生動物保護関係のいくつかへ電話してみる。川崎市の施設は鳥インフルの流行りで、受け入れは中止しているらしい。神奈川県の施設は本日閉館。明日なら持って行っても大丈夫とのこと。
その後「もし、明日になって、あのミミズクが死んでいたら、自分は後悔するだろうか?」と5分くらい考え、最後に、川崎市から紹介された、民間の動物病院へ電話してみる。
福)野生動物は保護しちゃいけないことはわかっていますが、このままですとカラスや猫に攻撃される可能性もあり、電話させていただきました。こういった場合は保護しても良いのでしょうか?
医)はい。
福)川崎市から紹介されたのですが、そちらへお持ちしたら受け入れてもらえますか?
医)良いですが、19時までに来れますか?また、こちらは民間なので、協力金的なものはいただければ有難いのですが。
全て承知の旨、即答して、課員の方々へ「もう17時過ぎているので、私は業務終了をして、個人的にあのミミズクを保護してきます。皆さんは仕事を続けてください。」と伝える。
とは言っても、皆さん、ほうって置けないらしく、ビニールで手袋を作ってくれたり、運ぶための段ボール加工を手伝ってくれたり、道中途中まで付き合ってくれたりしてくれて、申し訳なかった。やっぱり、野生へも私へも、人は優しいな、と思った。
病院へ着くと、お医者さんは段ボールからミミズクを出して、少し斜頸(シャケイ)がありますね、と言う。確かに首が少し傾いている。
医)どのように保護したのですか?
福)手で掴んで、段ボールに入れて来ました。
医)そうやって人間に捕まえられる時点で、野生動物にとっては、死を意味するんですよね。
福)今どんな状態なのか、今後どうなるかをお教えいただければ有難いのですが。
医)斜頸があるので、神経系がやられていると思う。羽根の裏側にも少し外傷がある。今後については、一旦ここで治療をして、治れば野生へ帰す、治らなければ保護センターとかで引き取ってもらう。
福)保護センターではなく、私が引き取って保護することも可能ですか?少し情がわいてきたので。
医)保護を民間が行うことも可能ではありますよ。貴方個人が民間として。
その時の私は、自宅のベランダに止まり木を設置して、外を自由に飛ばせておいて、お腹が空いてミミズクが戻って来たら、魚肉ソーセージとかを与えるようなイメージでいた。
「ベランダにミミズクなんて、素敵じゃないか」と。
その後、ネットで「フクロウ飼育」とかで検索すると、以下のようなことが書いてあった。
・フクロウの飼育は止めておいたほうが良い。
・まず、懐かない。
・トイレを覚えない。そもそも肛門に筋肉が無く、垂れ流し状態。
・帰巣本能が無いので、飛んで行ったら二度と戻らない。
・餌は冷凍のマウス等を買って、それを解凍した後、食べやすい大きさに切って与える。
これらの点は、あくまでも「ペット」として売られている、人が飼育することを前提としたフクロウやミミズクに関して書かれているのであって、今回のように、野生の個体については、そもそも書かれていない。
肛門に筋肉が無い?「まいったな」と思った。「まいったな」。
1月14日
生田キャンパス課へ村上教授が再度来られる。
村)保護されたって聴きました。お金もかかるようなので、私も払いたい。
福)ありがとうございます。しかし、大学としての業務でなく、個人的にやっていることなので、大丈夫です。自分の行動にも疑問があって、あれがカラスであったら保護したであろうか?とも思います。自分の中で自分勝手な部分もある、と思うと、やっぱり自分で負わなきゃな、と思いました。
村上先生も私も、ムニャムニャと自分の行動を顧みて、モヤモヤ自問自答しながら、それでもお互い理解しあいながら別れる。
倉本教授も来られる。顧問をされている植物保護研究部の学生が、ミミズク保護の話を聴きたがっているとのことで、約束をする。学生と話すと、バードストライクでは?とのこと
だった。倉本教授はその後も、オオコノハズク研究家の存在等、いろいろな情報を惜しみなく教えてくれて、大変助かった。
1月16日
病院へ電話して、その後の様子を確認する。餌は食べていて、まだ生きているが、首は曲がったまんまなので、神経系に難があるのだろうとのこと。お医者さんも忙しいだろうから、電話するのも気が引けるのだが、丁寧に説明をしてくれる。
1月17日
重要な業務中に、学長が視察に来られる。生田にミミズクが居た話をすると「ミミズクはトイレ覚えないんだよね」と学長。「え!、詳しいですね。何故ご存じなんですか?!」と聴くと「野鳥、好きだから」とのこと。野鳥を好きな学長の居る大学って、素敵だなと思った。アメリカの傑作ドラマ、ザ・ホワイトハウスには、国立公園好きな大統領が出てくるが、それも素敵だった。学長は野鳥が好き。
「福岡さんがミミズク保護して引き取っても、何の話題にもなりませんが、学長が引き取るなら広報が追いかけますよ」とは、その場に居た広報課の藤江さん。「僕が引き取っても絶対にめいじろうとは名付けませんよ」と私。
1月26日
病院へ電話して、再度様子を確認する。やはり回復はしていないらしい。
医)今後治らなければ自宅療養ですかねえ。
福)わわ!自宅って、私ですよね?すみません!あれからミミズク飼育を調べたら、自信無くなって来たのですが。
医)また一緒に考えましょう。
1月31日
持って行って預けっぱなしという状態は、ほんとうに申し訳なく、病院へお願いして、直接見に行くこととした。同僚の増岡さんが一緒に行ってくれた。ケージまで案内され、ミミズクを見ると、保護時よりもさらに首がグルンと180度回ってしまっているし、身体も傾いている。
回復へ向かっているのではなく、悪化しているとは考えていなかったので、腰が抜けるほど驚いたし、ミミズクに申し訳無かった。
また、保護した時からなかなか眼を開けてくれない個体なのだが、今回少しだけ開けてくれた。オレンジ色の眼だった。オレンジ色ということで、この個体はオオコノハズクという種類だということがはっきりした。実は、倉本先生や植物保護研究部の学生も「この時期に居たということは、保護した個体はオオコノハズクだろう。」とずっと言われていたが、私
や医者は「オオコノハズクではなくコノハズクです。」と言っていたのだ。コノハズクの眼は黄色なので、オレンジ色のこの個体はオオコノハズクだ。
福)治療が続けられない場合は、やはり自宅療養となるのでしょうか?私、まだ引き取る覚悟が出来ていないのですが。
医)一週間くらいでご返事いただければ良いですよ。
帰りの駐車場で、増岡さんが優しく慰めてくれる。
福)その後、悪化するのであれば、助けないほうが良かったのだろうか?
増)福岡さんはできる限りのことをしたんだから、オオコノハズクにとっても良かったんじゃないですか?これ以上、自分が引き取らなきゃいけないとか無理をしなくても良いのですよ。
2月2日
倉本教授が調べてくれた、オオコノハズクの研究家へメールしてみる。すぐに返信をくれて、この時期には何かにぶつかるオオコナズクの事例が多いことや、保護の専門家もご紹介いただく。保護の専門家も、すぐにメールをくれた。
こうやって返信をいただくと、明治大学に居て良かったな、と思う。返信をいただけることも、お医者さんがすぐに受け入れてくれたことも、明治大学の名前があったからだと思う。
私は、当たり前だが、今更ながら、明治大学へ深く感謝しなくてはならない。
私は、当たり前だが、今更ながら、明治大学へ深く感謝しなくてはならない。
2月3日
病院へ電話して、自分は引き取れないことを伝える。2月9日に再来院し、今後の話し合いをすることとなる。
2月4日
母親から「あんた、フクロウ可哀そうでしょ、なんとかしてあげなさい」とメールが来る。
なんで母親って、昔から、平気で、子供へ、無理なことでもしなさいって言うんだろう?
2月7日
重要業務中に理工の小野教授とお話をする。それにしても、ここのところ、待機時間も多いからか、よく重要業務中にオオコノハズクのことを考えている自分が居る。大丈夫か生田?
福)オオコノハズク研究者の方がいろいろ親身になって教えてくれるんですよね。申し訳なくって。差し入れでも送ろうかなと考えています?
小)差し入れより、研究者であれば寄付が有難いと思いますよ。
福)なるほど、それ良いですね。そうします!ありがとうございます。
2月9日
病院へ行き、お医者さんと話す。引き取って保護することをいろいろ考えたが無理そうだと伝える。オオコナズク研究家や、保護の専門家から聴いたお話も伝える。お医者さんからは、現時点で野生へ帰せる状態ではないこと、預かってくれるリハビリテーターも探したが居ないので、もう少し病院で様子を見てくれることを伝えられる。そして「様子を見て行きますか?」と促される。オオコノハズクは診察室の奥なので、診療中に申し訳無かったが、「是非」、と見に行く。
オオコノハズクは1月31日に見た時よりも、さらに身体が傾き、止まり木の隅っこで落ちそうに見える。首もグルンと、180度回ったまんまだ。「辛そうに見えるけど、これが今、この子にとっては一番楽な姿勢なのですよ。」と、撫でながら話すお医者さん。
1月31日にも思ったのだが、ケージを開けた瞬間、オオコノハズク、ビクっと体を震わせていた。今日開けた時も同じ反応だった。オオコノハズク、これまで人間という存在を意識したことは無かったのではないか?なんらかの怪我で、身体の自由が利かなくなった時に、いきなり箱に閉じ込められて運ばれて、気付いたら檻の中に居て、得体の知らない生き物から定期的に食べ物は与えられる状況。やっぱり、扉開くたびに「ビクッ」って警戒するよな、と思った。
もし、自分が、死にそうな時に宇宙人に発見され連れ去られ保護されたとしたらどうなのだろう?と想像した。回復できずに、地球に帰れず、UFOの中でしか生きていけないとなったら、どうなのだろう?と思った。得体のしれない生き物から、食料だけを与えられながら。その選択肢を、自分で選ぶことができなかったとしたら。
お医者さんから最初に言われた「そうやって人間に捕まえられる時点で、野生動物にとっては、死を意味するんですよね。」という言葉が、頭の片隅にずっと鎮座している。
自分の頭の中よりも、オオコノハズクのことを考えなければ。あの生き物へ対して、僕はどのような結論を出すのだろうか?
倉本教授は「今度一緒に見に行かせてください」と言ってくれている。2月の下旬に差し掛かった今、今後、それぞれの運命がどうなっていくのかわからぬまま、このコラムをおわりとさせていただく。
おわり

