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孤高の俳優・高倉健と「アフリカの少年」(文化人編)

高倉 健著 唐仁原教久画 『南極のペンギン』集英社文庫

2026.5
孤高の俳優・高倉健と「アフリカの少年」

明治大学史資料センター副所長
松下浩幸(農学部教授)

 俳優・高倉健(1931~2014、商学部卒)が生前、好きだったという言葉に、「冬の松」を意味する「寒青」という言葉がある。凍てつく風雪の中で、木も草も枯れ果てているのに松だけは青々と生きている。高倉は腕時計の裏ブタにその松の姿をイメージする「寒青」という言葉を彫っていたという(『旅の途中で』新潮文庫)。冬の過酷な環境の中でも、凛として立ち尽くす松のイメージは、孤高の俳優ともいわれた高倉健の人生観を髣髴とさせる。
 『南極のペンギン』(集英社文庫)は高倉健が四十年余りの俳優人生を通して、様々な場所で出会った人々への思いを綴る絵本仕立てのエッセイ集である。子どもたちに語ることを想定されているようだが、大人でも十分に味わうことのできる含蓄ある内容である。その中の一篇「アフリカの少年」には、高倉が好んだ「寒青」という言葉を象徴するような興味深いエピソードが紹介されている。
 高倉が撮影でアフリカを訪れた時のことである。撮影中に砂あらしが起こり、周囲がたちまち暗くなっていった。撮影は中止になり、スタッフは車に乗り込み、大急ぎで砂漠を走る。ようやく村のはずれにたどり着いたが、村の者たちも皆、家に入って息を潜め、砂あらしが通り過ぎるのを待っているようだった。その時、高倉は一本道の道標の下に何か大きな影を見つける。目を凝らしてみると、それは15、6歳の少年だった。少年は裸足の両足をしっかりと地面につけ、両膝を抱え込んでうずくまっていた。そばには自転車が止められている。どうも砂あらしが通り過ぎるのを待っているようだった。無表情に顔を上げた少年を高倉はちらっと見た。ほんのわずか、少年と視線があったが、その目はうらやましそうでもあり、悲しそうでもある目だったという。その時、車に少年を乗せ、彼の家に送り届けることは簡単だったが、高倉はあえてそうしなかった。少年もまた、誰にも助けを求めていなかった。そして高倉は思う。自分で考えて取った行動なのだろう。幼い時から彼は何度も砂あらしに襲われているはずだ。その経験からその場にうずくまって待つのが一番いいと判断したに違いない……。そう思った高倉は、彼をそっとしておきたかった。砂あらしにうずくまる少年を現地の大人たちも助けはしない。それは砂あらしに耐える力を子どもの時から身につけさせるためかもしれない。そうしなければ、この土地で生きていくのは辛い。だから大人たちは見て見ぬふりをする。少年を置いてきぼりにする。それも大人の優しさなのだと高倉は思う。ならば旅人である自分は、なおさらこの少年を助けられない。ずっとその少年のそばにいるわけにはいかないからだ。
 「どんな土地に生まれるのか。どんな親に育てられるのか。だれにもわからない。子どもはなにも選べず、ただ生まれてくる。だが、夢なら自由にみることができる。その夢をかなえる時間は、まだ君にはかぎりなくあるはずだ。」「悪いな!だから、夢をみてくれ」高倉は心のなかで、そう少年に話しかける。
 砂あらしが通り過ぎるのを一人で待つ少年。そしてその姿を見まもる大人。高倉健がここで感じているある種の感動は、安易に大人に甘えることなく、自らの力で困難を乗り越えようとする強さと、その覚悟に対してではないだろうか。高倉の母校・明治大学のスローガンは「個を強くする大学」だが、「強い個」とはどのようなものだろか。このエピソードはそのような「強い個」のあり方の一面を教えてくれるように思う。「強い個」とは何よりも、耐えることのできる「個」である。自分の力ではどうすることもできない状況の中で、たとえ一人であっても懸命に耐え忍び、事態の好転を待つ強さ。そしてその中でも夢を見る強さ。ここでの「強い個」は、そのような「静かなたくましさ」の謂いである。それはまた、孤高の俳優・高倉健が憧れた「強さ」でもある。