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第5週「朝雨は女の腕まくり?」振り返りコメント

猪爪寅子役 伊藤沙莉着用衣装 連続テレビ小説「虎に翼」展(NHK財団主催、会場:明治大学博物館)から、「猪爪寅子役 伊藤沙莉着用衣装」

 
2024.5
第5週「朝雨は女の腕まくり?」を振り返って
 
明治大学法学部教授、大学史資料センター所長/図書館長
村上 一博
 
 第5週は、「共亜事件」の一週間でしたね。モデルは「帝人事件」です。「帝人事件」は、昭和9年3月に捜査が始まり、有罪の予審終結決定がなされたのが同年12月、昭和10年6月から2年以上にわたって全部で265回の公判が重ねられ、昭和12年12月に被告人16名全員に無罪の判決が言い渡されています(検察は控訴せず、第一審だけで無罪が確定)。政財官界を巻き込んだ、昭和戦前期における背任・贈収賄事件としては最大の事件(大疑獄事件)で、この事件によって斎藤実内閣が総辞職しています。事件の詳細はここでは省略しますが、台湾銀行(三淵嘉子さんのお父さんの勤め先でした)がこの事件に絡んでいたことから、帝都銀行勤務の寅子の父親の直言が事件に関与していたと考えても不自然ではありませんし、寅子が明律大学法学部に在学中で、高等試験司法科に挑戦しようとする時期とも重なっていることから、ドラマに採用することになりました。ドラマ企画会議(私がそう呼んでいるだけです)で、脚本担当の吉田恵里香さんはじめ、演出担当の皆さん(チーフの梛川善郎さん、安藤大佑さん、橋本万葉さん)たちが、実に周到に関連資料を集めて勉強されていたことを覚えています。
 
 さて、ドラマでは、父親を無罪にするため、寅子に何ができるかを考えねばなりません。贈収賄罪が成立するかどうかの法律問題は弁護士の仕事ですから、寅子にできることは、予審調書に書かれている犯罪事実を逐一検証することぐらいしかないだろうということで、級友たちにも手伝ってもらって、あちこち事実関係を検証していくのですが、その過程で、はるの日記が重要な資料となることに寅子が気付き、直言の行動について日記と調書とが齟齬する14箇所を探し出すというようにドラマは展開していきましたね。
 一方、直言は、逮捕ののち勾留され、取調べの結果、検事によって起訴されて予審に回されました。予審は、通常は、予審判事によって行われ、そこで事実関係が確定され、公判に付するかどうかが決定されます(予審中は弁護士との接見は許されませんでした)。ドラマでは、予審中にも日和田検事による厳しい取調べが行われ自白に追い込まれたという設定ですが、これは「帝人事件」でも実際に行われた事実です。また、予審中の拘置所内で、直言は上役の高井から説得されて罪状を認めたことになっていますが、通常は、予審中に被疑者同士を接見させることは、供述の口裏を合わせる恐れがあるので認められないのですが、ドラマでは高井に説得させるために検事が仕組んだという設定です。
 
 さて、第1回公判の場面は、被告人16名(弁護士も同数)、傍聴席は満員(約50名)という100名近い大人数での撮影でした。すべての俳優さんに、当時の衣装(眼鏡・時計なども含め)が準備されますから、撮影現場は大変でした。安藤大佑さん(演出)から緻密な法廷の配置図や撮影進行表をみせてもらいましたが、この撮影は、私には驚きの連続でした。
 直言が長期間にわたって革手錠を付けられ、拘置所でのたうち回っている様子が映っていましたが、実際に「帝人事件」でも革手錠が「人権蹂躙」として問題になりました。革手錠を「典獄、刑務所長」の許可なく使用することは、監獄法施行規則第49条に違反すると追及されたのです。ドラマでは、これに気付いた寅子の大手柄にしてあります。
 なお、余計なことですが、ドラマでは法廷内に、弁護側が要請して速記者を一人配置しました。おそらくどなたも気付かなかったと思いますが・・・裁判官に向かって左側の席です。民事事件では原告側が座る席です。刑事事件では空席になってしまい、誰もいないと寂しいですからね。
 
 いよいよ、武井裁判長(アニメ・ワンピースのサンジ役の声優さんなんですね)による判決言い渡しです。「被告人は全員無罪」。「検察側が提示する証拠は、自白を含めどれも信憑性に乏しく・・・あたかも水中に月影を掬いあげようとするかのごとし」。証拠不十分だから無罪とするのでなく、犯罪の事実そのものが存在しない、検察による捏造だと判決したのです。判決文は裁判長ではなく桂場が書いた、政治的圧力をはねのけ司法の独立を守った、稀に見る名判決・・・ではあるのですが、「帝人事件」と同様、「共亜事件」でも、検察による人権蹂躙について判決が糾弾することはありませんでした。当時の司法の限界というところです。
 最後に、寅子の級友たちが判決結果を固唾をのんで待っているシーン。傍聴人以外は裁判所の中に入ってはいけませんから本当は裁判所の門の外にいなければなりません。現在よく見られるような「勝訴」と書いた紙を捧げて記者が階段を駆け降りてくるシーンも考えたのですが・・・止めておきました。

<振り返りコメント補足>
 ドラマに登場する、はるさん、花江さん、それに桜川男爵令嬢などの衣装、綺麗ですよね。ドラマの猪爪家は裕福な家庭だったとはいえ、昭和戦前期に、女性たちがこんな着物を着ていたのか、時代考証的に大丈夫なのかと内心では心配していたのですが・・・。
 現在、ホテル雅叙園東京で開催中の「昭和モダン×百段階段-東京モダンガールライフ-」展を訪れて、その疑問は氷解しました。大正から戦時期前まで続いた、寅子とは別の、強くしなやかに生きた「モダンガール」たちの姿がそこにはありました。
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