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新領域創成型研究・若手研究詳細 2007年度

複雑系時系列の異常の前兆を捕える解析技術の開発

研究課題名 複雑系時系列の異常の前兆を捕える解析技術の開発
研究種目等 新領域創成型研究
研究概要 (研究目的)
 地球・生体・社会などにおける多数の多様な要素からなるシステムが, まとまりのある挙動を示し安定して存在するとき, 複雑系と呼ばれる。 本研究では, 地震波・オーロラ等の自然現象, 脳波・クレアチニン等の生命現象, 株価等の経済現象に現れる複雑系時系列を扱う。
 本研究の目的は, 研究代表者が提唱している実験数学の指導原理—「データから法則」「データからモデル」—に従い, 時系列解析に適用する定理の前提条件を時系列データのみからチェックし, データの背後に潜む法則を発見する姿勢で, 時系列の予測誤差を計測するリスクグラフを導入し, 複雑系時系列の異常の前兆を捕らえる解析技術を開発することである。
① 研究の学術的背景
時系列の異常時刻を捕らえる方法として, 変化点解析がある。 それは, 時系列の時間域を二つに分割し, それぞれの時間域に自己回帰モデルをあてはめ, 赤池情報量を計算し, 赤池情報量を最小にする分割点を探すことによって, 時系列の変化点を探す方法である。 この方法は時系列の変化点の前の時系列のみならず, 変化点の後の時系列が必要であるので, 時系列の異常をリアルタイムで探すことができない。
 今まで, 本研究の代表者は, 時系列の「定常性の破れの度合い」を調べる Test(ABN) によって時系列の異常時刻を捕える方法を提唱し, 株価の時系列に対して文献(2002年), 地震波に対して文献(2006年)において, 実証分析を行ってきた。 特に, ブラックマンディを含む各国の株価に対してそれらの異常の前兆をはっきりと捕らえ, 地震波に対して, 地震のP波とS波が到着する初期位相を捕らえ, 特に深部低周波地震のS波が来た直後の定常状態の時間域の時系列が「分離性」という全く新しい性質を持つことをTest(D)によって発見した。
 Test(ABN) は対象とする時刻が異常時刻であるかの判定には, それまでの時系列しか用いない。 しかし, Test(ABN) の異常グラフに現れる多くの異常時刻の相違を与えることができない点が問題である。 本研究の目的は, Test(ABN)によって捕えられる複数の異常時刻のどれが真の異常時刻かどうかを判定するために, 時系列の予測誤差を計測するリスクグラフを導入する。 さらに, 異常時刻と分離性が起こる時刻と終わる時刻とどのように関係しているかを調べる。
② 研究期間内に何をどこまで明らかにしようとするのか
深部低周波地震波と通常の地震波に対するTest(ABN)の実証分析の結果はP波の初期位相の前兆を捕らえることは確認している。 本研究のリスクグラフによって深部低周波地震波のS波の初期位相の前兆を捕らえるかどうかを調べる。
 磁気嵐の時系列にTest(ABN)を施したとき, 磁気嵐が発生する直前と終了する時刻のみならずそれらの間に多くの異常時刻が現れた。 本研究のリスクグラフによって, 複数の異常時刻の相違を区別できるかどうか調べると共に, 分離性が複数現れる時間域の両端の時刻と異常グラフの異常時刻, リスクグラフの変化点とどのように関係しているかを調べる。
 オーロラの時系列にTest(ABN)を施したとき, 数回のオーロラ発生時に異常時刻が現れた。 本研究のリスクグラフによって, これらの異常時刻の相違を区別できるかどうかを調べると共に, 分離性が複数現れる時間域の両端の時刻と異常グラフの異常時刻, リスクグラフの変化点とどのように関係しているかを調べる。
 親指を屈曲させる随意運動と大脳皮質の各部位の脳波の時系列との関連を調べる際に, 大脳皮質脳波の時系列にTest(ABN)を施したとき, 多くの異常時刻が現れた。 これに対しても, リスクグラフを描くことによって, 複数の異常時刻の相違を区別し, 親指の随意運動に対しどの部位の大脳皮質脳波が関連しているかを調べる。 その際に, 大脳皮質脳波の時系列に対して, 分離性が複数現れる時間域の両端の時刻と異常グラフの異常時刻, リスクグラフの変化点とどのように関係しているかを調べる。
 クレアチニンは腎臓の働きを見る大事なデータであり, その増加は人口透析につながり, どの時点で透析を開始すべきかに関して客観的で定量的な判断が医師の間に求められている。 本研究のリスクグラフによってそのことが可能かどうかを調べる。
 経済界では1987年のブラックマンディの原因はプラザ合意であるという説があるが, それを客観的に定量的に確かめる方法はない。 本研究のリスクグラフによって, ブラックマンディを含む時系列に対するTest(ABN)の適用したとき, ブラックマンディ直前の異常時刻とブラックマンディよりかなり前に現れる異常時刻と相違を区別できるかどうか, それがプラザ合意が行われた時期と一致するかどうかを確かめる。 さらに, 今年前半に起こった香港発の世界的株価の暴落に関して, 本研究のリスクグラフによって, その前兆を捕らえることができたのかを調べる。
③ 当該分野における本研究の学術的な特色・独創的な点及び予想される結果と意義
複雑系現象の数理モデルの構築において,「モデルからデータ」の姿勢でモデルの定性的な解析結果からデータの定性的な性質を説明する研究は今までに多いが, 本研究では天下り的にモデルを立てるのではなく,「データからモデル」の姿勢で, 与えられた時系列にTest(S)・Test(ABN)・Test(D)を施し, 時系列の定常性・異常性・決定性を検証することが本研究の特徴である。 複雑系時系列の異常の前兆を捕らえる解析技術の開発は複雑系現象を数学的に解析する糸口を見いだすことができ, 数学が本来持っていた実証科学としての姿を取り戻すことになり, 複雑系現象の実験数学的研究を行う新しい分野が開拓される可能性があり, その学術的・社会的意義は大きいと思われる。

(研究実施報告)
 研究課題の目的は, 時系列の異常性の前兆を捉えるTest(ABN)における異常グラフに現れる複数の異常時刻のどれが真の異常時刻であるかを判定するために, 時系列の予測誤算をプロットしたリスクグラフを導入し, 実証分析を行うことである。
 与えられた時系列の時間域の各時点を終点とする同じ長さの時系列を切り出し, その時系列とKM2O-ランジュヴァン方程式論における階数6の非線形変換を施した時系列との組を構成し, その第一成分の最小の予測誤差をプロットしたリスクグラフを導入し, そのV字型の変化点を探すことによって, 異常グラフに現れる多くの異常時刻の中でどれが真の異常であるかを判定する実証分析を行った。 経済界では1987年のブラックマンディの原因はプラザ合意であるという説があるが, それを客観的に確かめる方法はなかった。 ブラックマンディよりかなり前のプラザ合意が行われた時期が異常であったが, リスクグラフはプラザ合意の時刻で底値をとり, ブラックマンディの時期まで上昇する V字型の状況が現れた。 さらに, 昨年の夏ごろから始まった「サブプライムローン」に対する異常解析を行った。 Test(ABN)をNikkei225に適用すると, サブプライムローンの前兆を捉えられたが, 2年前の暮れから正月にかけての日本の株式市場の「堀江ショック」の時期にも異常性が発生していた。 そこで, リスクグラフを描くと, リスクグラフはその時期で底値をとり次第に上昇したが, 昨年の初めに再び減少し, サブプライムローンが起こる前の時期に底値に達し再び上昇している。
 この一年に発表した論文は二つで, 地震波の異常の前兆を捉えた論文「Automatic seismic wave arrival detection and picking with stationary analysis: Application of the KM2O-Langevin equations」を Earth Planets Space, 59(2007), 567-577 に, KM2O-ランジュヴァン方程式論とframeの理論との関係を調べた論文「Stochastic flows and finite block frames」を J。 Math。 Anal。 Appl。(2008) に発表した。
研究者 所属 氏名
  理工学部 特任教授 岡部靖憲
  理工学部 教授 増田久弥
  理工学部 特任講師 上山大信
  九州大学 教授 湯元清文
  東京大学 教授 武尾実
  近畿大学 教授 加藤天美
研究期間 2007.6~2008.3
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