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新領域創成型研究・若手研究詳細 2007年度

細菌リポ多糖による植物免疫調節機構の解明

研究課題名 細菌リポ多糖による植物免疫調節機構の解明
研究種目等 若手研究
研究概要 (研究目的)
 植物は微生物由来の様々な分子をエリシターとして認識し,活性酸素生成や抗菌性物質の生産といった防御応答をすることが明らかとなっている。中でも多くの微生物の細胞表層その他に共通して存在するMAMPs/PAMPs(Microbe/Pathogen associated molecular patterns)と称される分子群を介した防御系は,動物の先天性免疫機構と種々の面で共通性が認められることから,進化的に保存された生体防御系として注目されている1),2)。また,このMAMPs認識に基づく防御応答は植物の基礎的抵抗性と深く関わっているものと考えられている。
 我々の研究室では,これまで,菌類由来のMAMPsであるキチンオリゴ糖やβ-グルカンを中心に,その応答,受容の仕組みについて研究を進めてきた。またバクテリア由来のMAMPsに関してはフラジェリンの受容,応答に関する研究が世界的に進められている。
 現在私が研究を進めているリポ多糖(以下LPS)はグラム陰性細菌の細胞表層多糖であり,フラジェリン同様にバクテリア由来のMAMPsと考えられる分子である。LPSの構造は大きくわけてLipidA,コア多糖,O-抗原多糖の3つの部分からなる。LPSを介した防御応答に関しては動物の先天性免疫で研究がよく進められているのに対し,植物では双子葉植物で感染時の過敏感細胞死を抑制するなどいくつかの報告があるのみで3),4),単子葉植物に関しては全く報告がなかった。またその認識機構に関しては,動物系では主としてLipidA部分を認識していることが明らかとなっているが,植物では明確な報告はない。一方,後述するようにLPSは植物に対して直接防御応答を誘導するだけでなく,その潜在能力を強化するという極めて興味深い生物活性をも有することが明らかになってきた。こうした点から,LPSの植物に対する作用の詳細な解析とその認識・応答機構の解明を目指して研究を進めている。
1)Nürnberger T, Brunner F, Kemmerling B, Piater L. (2004)Innate immunity in plants and animals: striking similarity and obvious differences. Immunol. Rev. 198, 249-266.
2)Shibuya N, Minami E. (2001) Oligosaccharide Signaling for Defense Responses in Plant Physiol. Mol. Plant Pathol. 59, 223-233.
3)Dow M, Newman M-A, Von Ropenack E(2000)The induction of modulation of Plant Defense Responses by Bacterial Lipopolysaccharides. Annu. Rev. Phytopathology 38: 241-261
4)Zeidler D,Zahringer U, Gerber I,Hartung T,Bors W, Hutzler P,Durner J(2004)Innate immunity in Arabidopsis thaliana: lipopolysaccharides activate nitric oxide synthase(NOS) and induce defense genes. Proc Natl Acad Sci U S A 101, 15811-15816
 私はこれまでの研究から大きく分けて3つのことを明らかにした。第1点目はLPSがイネ培養細胞に対してエリシターとして認識され,防御応答の初期応答の1つである活性酸素生成や防御応答関連遺伝子の発現を誘導すること,また,これらの応答が既知のエリシターであるキチンオリゴ糖とよく類似することから,これらの防御応答の制御機構にも共通点が多いことが示唆された。またLPSに特徴的な活性として,植物細胞のプログラム細胞死を強く誘導することが明らかとなった。以上の結果をまとめた論文はPlant and Cell Physiologyに2006年11月号に掲載された。また,2番目に明らかにした点は,LPSがそれ自身では防御応答を誘導しないような低濃度で前処理しておくことで,後から処理したキチンオリゴ糖による防御応答誘導を増強するという活性である。これはpriming/potentiationと呼ばれる活性であると考えられる。さらに同様のpriming活性はLPSの変わりにジャスモン酸やサリチル酸といった植物ホルモンを処理することでも示されたことから,これら植物ホルモンの関与が示唆された。さらに3番目の点として,LPSの認識部位を明らかとすることを目的として,LPSの糖鎖部分を過ヨウ素酸酸化により修飾したところ,最初に示した防御応答誘導に関しては完全に活性が失われたのに対し,2点目に示したpriming活性に関しては影響が少ないことが示された。このことは,直接的な防御応答誘導とpirmingという2つの生物活性がLPS中の異なる部位を介して制御されていることを示唆している。
 以上の結果を踏まえ,研究期間内では,①防御応答の直接的誘導と,防御応答の潜在能力を高める活性という2つの生物活性それぞれに必要なLPS中の構造要素の明確化,②priming活性に関する詳細な検討とその分子機構の解析,③これらに関わるLPS受容体の探索,の3点を中心に研究を進めたい。このほか,プログラム細胞死誘導の機構に関しても,細胞死誘導活性の弱いキチンオリゴ糖との比較から何らかの手がかりが得られるのではないかと期待している。

(研究実施報告)
 本研究は当初の計画に基づき3つの課題の解明を試み,採用期間中にはこれら課題解決の基礎となるデータを得ることができた。
 特に1つ目の課題としてあげた,「防御応答の直接的誘導(エリシター活性)およびその潜在能力を高める活性(priming活性)に必要なLPS中の構造要素の明確化」に関しては,デンマークとイタリアのグループから,LPS合成系に変異を持つ微生物を分与していただき,その菌体から抽出した分子(LOS,LPSに比べて単純な構造をもっている)を用いた解析を行った。この結果,LOSにもこれまでにLPSで明らかとなっていた2つの生物活性があること,さらにその修飾による影響も同様であることが確認された。今後,この修飾したLOSの構造解析を行うことで活性に必要な構造要素が明確にできるものと考えられる。またこれらの解析において,LOSが非常に低い濃度でPriming活性を示したことから,LOSの誘導体を用いた受容体解析を行う可能性が示唆され,3つ目の課題である「LPS受容体の探索」を進める展望が開けた。
 さらに2つ目の課題である「priming活性に関する詳細な検討とその分子機構の解析」に関してはイネにおける全身獲得抵抗性に関与するシグナル伝達因子の変異体を共同研究者から提供していただき,解析を進めた。それ自身がLPSによるPrimingに重要な役割を果たしているという結果を得ることはできなかったが,LPSによるPrimingにおいてこの因子を介した遺伝子群の発現が見られたことから,LPSによるPrimingが全身獲得抵抗性と部分的に重なることを示唆する結果を得ることができた。
 以上,これまで述べた成果は2008年3月に札幌で行われた日本植物生理学会年会にて発表,さらに8月にメキシコで開催されるアメリカ植物生理学会主催の国際学会においても発表予定である。
研究者 所属 氏名
  農学部 助手 出崎能丈
研究期間 2007.6~2008.3
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