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第18週「七人の子は生すとも女に心許すな?」振り返りコメント

『虎に翼』ファンの宇垣美里さん(フリーアナウンサー・俳優)と対談しました 『虎に翼』ファンの宇垣美里さん(フリーアナウンサー・俳優)と対談しました

 
2024.8
第18週「七人の子は生すとも女に心許すな?」を振り返って
 
明治大学法学部教授、大学史資料センター所長/図書館長
村上 一博

 このところ、裁判事例が出てきませんでした。久しぶりに私の出番です。
 ドラマで扱った金顕洙(許秀哲さん)の放火事件は、三条市内で遊技場(スマートボール場)を経営していた金が、借金の返済に苦しみ、火災保険金を狙って遊技場に火をつけ、さらに近隣の4棟を焼失させた事件(放火および詐欺未遂の罪で起訴)でした。これは、昭和31年に実際に辰野町で発生した、次のような事件(長野地方裁判所飯田支部に係属)を脚色したものです。
 
 起訴事実はドラマ設定と同じですが、被告人の李漢洙は、法廷で起訴事実を全面的に否認し、裁判官に対して反抗的態度を取り、また傍聴席にいた被告人の妻も廷吏の制止をきかず韓国服のブラウスとスカートを引き裂きながら、韓国語で叫び声をあげて抗議しました(無罪判決をきいて床に拝跪したのは、この妻でした)。起訴状によれば、被告人が留置場で妻に宛てて書いたハングルの手紙に犯行を認めた文言があるということでしたが、法廷で被告人が翻訳者に反対尋問すると、ハングルは左から縦書きで右に書き込んでいく書き方なので左から訳すべきなのに、翻訳者は右から訳していたことが明らかとなりました(ちょっと変なのですが、これが判決の内容です)。また、警察の再捜査により、時限発火装置が現場以外の場所から発見され、検察がこれを追加提出しましたが、これも犯行の証拠とは認められず、結局、被告人は無罪となりました。
 
 ドラマでは、裁判は新潟地方裁判所刑事部で開かれています。被告人自身は起訴事実に反論する気力がなく、傍聴席にいた弟の金広洙(成田瑛基さん)が、廷吏に制止されながら(ちなみに、ドラマの設定時期である昭和27年6月には、廷吏の制服についての定めがまだなかったので、私服になっています)、怒りの形相で(韓国語で)叫んでいましたね。三条支部の裁判所事務官の小野知子(堺小春さん)が韓国語で弟を宥めたり、被告人が無罪判決に拝跪したり、こうした点は、実際の裁判の情景と異なります。最も大きな違いは、ハングルの手紙の翻訳の誤りを正す場面です。ドラマでは、被告人の犯行を裏付ける根拠として検察が重視した「燃やす」「火を付ける」という表現が、まったくの誤訳であり、「気を揉ませる」「心を苦しめる」という訳が正しい(崔香淑に新潟まで来てもらって判明した)という設定になっています。もっとも、中立であるべき裁判官(寅子)がこの事実を知っても、これを被告人側弁護士(杉田兄弟)にだけこっそり教えるわけにはいきませんから、ドラマでは検察と被告人の双方に、手紙翻訳文の再検討を提案することにしてあります。ちなみに、画面のテロップに映し出された手紙のハングル文字は、韓国語に堪能な安藤大佑さん(演出家)の手書きです。安藤さんの誠実な人柄がよく表れている優しい書体でした。
 
 星航一が、杉田太郎弁護士に「ごめんなさい」と謝っていた理由、「秘密」が分かりました。航一は、かつて「総力戦研究所」の研究生であり、結果が分かっていた悲惨な太平洋戦争を阻止できなかった無念さに苛まれ、その責任を背負い込んで、もがき苦しんでいたのでした。
 
 「総力戦研究所」とは、昭和15年9月に、「総力戦研究所官制」(勅令第648号)によって開設された、内閣総理大臣直轄の研究所でした。設置された目的は、国家総力戦に関する調査研究を行うこと、各官庁・陸海軍・民間などから選抜された若手エリートたち(研究生)に対して、総力戦体制に向けた教育を行うことでした(昭和20年3月に廃止されました)。昭和16年7月、日米戦争を想定した総力戦の机上演習が行われ、研究生たちによる模擬内閣も組織されました。研究生たちが、兵器増産の見通し、食糧・燃料の自給率、運送経路の確保などについて、戦争の展開を予想した結果、「開戦初期には勝利が見込まれるものの、長期戦は必至であり、その負担に日本の国力は耐えられない。戦争終末期にはソ連の参戦もあり、敗北は避けられない」という「日本必敗」という結論が導き出されました。この机上演習の結論は8月末に、当時の近衛文麿(内閣総理大臣)・東條英機(陸軍大臣)らに報告されましたが、東條は、「この結論はあくまでも机上の演習であって・・・実際には予想外な事柄が勝利に繋がっていくものであり、その要素が考慮されていない。なお、この件については一切口外無用である」と一顧だにしなかったと言われています(真珠湾攻撃の3ヶ月前のことでした)。
 なお、航一のモデルである三淵乾太郎さんは、実際に「総力戦研究所」の研究生として、総力戦の机上演習に参加していました(その具体的な活動内容は不明ですが)。
 
<補足>
 集英社のSPUR.JPにて、宇垣美里さんと対談しました。「DEAR EARTH 未来へつなぐSDGS」という企画の中で、視聴者から見る『虎に翼』と、法律の専門家から見る『虎に翼』とは……というお話しをしています。ご関心のある方は、下部のリンクからお読みください。
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