明律大学の同窓会が行われた「甘味処・竹もと」の包装紙(展示品)
2024.8
第21週「貞女は二夫に見えず?」を振り返って
明治大学法学部教授、大学史資料センター所長/図書館長
村上 一博
村上 一博
第21週は、寅子と航一の結婚、とくに夫婦の氏をめぐる寅子の葛藤がメインでした。ご存知のように、戦後に改正された現行民法第750条は「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」と規定し、夫婦同氏(姓)の原則をとっています。夫婦別氏は、寅子の再婚の時期(昭和30年代)では(そして現在も)、法律上認められていませんから、寅子は、航一と再婚するにあたって、夫婦の氏を、佐田とするか星とするか迷うことになったのでした。
もっとも、我が国では、近代以前において、庶民階級は氏(苗字)を持っていませんでしたし(私的に名乗っていることはありました)、特権的に氏を持っていた階級では、伝統的に夫婦別氏が原則でした。明治時代になって、国民すべてが氏を持つようになっても、結婚した妻は「所生の氏」を名乗るよう(夫婦別氏)、政府は命じていたのです。ところが、明治31年に制定された民法は、結婚した妻は夫「家」の氏を名乗ること(あるいは夫が妻「家」の婿養子となり妻「家」の氏を名乗ること)、すなわち夫婦同氏制を定めたのです。明治民法は、それまで「異族」として夫家の家族と見做されなかった妻を、夫家の家族として迎え入れたのですが、その反面、妻は、夫家(戸主)と夫の二重の支配に服することとなったのです。戦後の民法改正は、夫「家」から妻を開放し、男女対等な夫婦関係を基本とする夫婦同氏制を採用したのですが、男尊女卑的な「家」観念が根強く残存して、夫婦対等な同氏制の実現が見通せないことから、今日では、選択的夫婦別氏が要請されるようになっているのです。
話をドラマに戻しましょう。
寅子が桂場(東京地裁所長)に結婚後の氏について相談に行き、仮に戸籍上の星姓になったのちも、佐田姓で仕事が続けられないかと尋ねたとき、桂場はきっぱり言います。裁判官として記名する名前が戸籍上の名前と違った場合、そこを問題視する関係者が必ず現れ、判決の信憑性が損なわれる事態が生じる恐れがあるから、認められないと。この桂場の見解には、寅子も納得せざるを得ず、いわゆる職場での旧姓使用も認められる可能性がなくなりました(語りで説明したように、裁判官が判決文や令状に旧姓を使用することが認められるようになるのは、平成29(2017)年のことです)。その結果、寅子と航一は、どちらかが相手方の氏にならざるを得ない「法律上の夫婦」でなく、「事実上の夫婦」(内縁関係)となる道を選んだのでした。
実際の三淵嘉子は、結婚によって和田姓から三淵姓に代わっています。昭和30年代にも夫婦別氏の議論がなかったわけではないのですが・・・嘉子に氏をめぐる葛藤があったのかどうかは分かりません。なお、嘉子の一人息子である芳武の氏は、母親の再婚と氏の変更にかかわらず、和田のままで、三淵乾太郎との養子縁組も行われていません。
さて、ドラマでは、航一の提案により、寅子と航一が「お互いの家族と法的効力を持つ結びつき」、「幸せを求め実行しあう効力を持つ関係」を確認するため、『遺言書』を取り交わすことになりました。この『遺言書』を婚姻届の代わりにして、これで夫婦となったことにしようという訳です。
ドラマの法律考証を担当する私としては、「永遠の愛を誓わない愛」をもった男女が、婚姻関係の形を確認・合意する項目を盛り込んだ『遺言書』(遺言書は、主に死亡後の財産処分に関わるものです)に、お互い署名の上取り交わすことに、どういう法的意味(効果)があるのか甚だ疑問なのですが・・・、ここは脚本家の吉田恵里香さんの思い入れを尊重することにします。
寅子の再婚を祝うために、明律大学女子部と法学部の同志たち、久保田・中山の両先輩、よね・涼子・梅子・香淑・玉、それに轟が、法服姿で竹もとに駆けつけ、裁判長役の久保田が、法的効力はないけれども、「申立人の夫婦それぞれの姓での婚姻関係を認める」という判決を言い渡しました。久保田が鳥取で弁護士を続けていること、中山は弁護士から検察官に転じて頑張っていることも明らかになりました(ちなみに、中山は、高等試験司法科の最初の女性合格者の一人である久米愛とは全く無関係な設定になっています)。懐かしい面々が一堂に会した心温まるシーンでした。
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