大学史資料センターは、10月27日(日)にホームカミングデーのイベントとして、連続テレビ小説「虎に翼」振り返り講演会を開催しました。「虎に翼」の制作統括・尾崎裕和氏(NHK)、演出・橋本万葉氏(NHK)、法律考証・村上一博法学部教授(明治大学史資料センター所長)の三名に登壇いただきました。当日は、一般の方も参加可であったこともあり、約800名の方にご参加いただきました。
冒頭、主演の伊藤沙莉さんからのビデオメッセージがあり、登壇した方々からは「伊藤さんは、このメッセージの雰囲気のままの明るい方。」であるとのお話がありました。続いて、村上教授が進行役を務め、尾崎氏、橋本氏にお話を伺う形式で進行しました。
「虎に翼」で特に印象に残っている出来事、シーンとして、尾崎氏、橋本氏からは、以下のシーンについての映像を示しながらの紹介がありました。
(尾崎氏)
○第4週 花岡と梅子
○第14週 穂高の退任記念祝賀会
○第18週 航一、総力戦研究所の告白
(橋本氏)
○第3週 猪爪家でお饅頭づくり~外でお見送り
○第8週 寅子と優三の河原
○第13週 梅子の調停
○第18週 法廷と寅子の脳内劇場
尾崎氏は、間違えたり、失敗する登場人物が好きとのことで、特に花岡のシーンは、試写で泣きながら観ていたとのことでした。また、総力戦研究所については、以前から関心を持っており、制作の過程で三淵乾太郎氏がこの研究所に所属していたことが分かり、描くことができてよかったとのことでした。
橋本氏は、ご自身が演出を担当された週からセレクトしたとのことで、猪爪家でのお饅頭づくりのシーンは、身分や出自がバラバラの女子部のメンバーが、学長により「使われた」ということに共通点を見出し、まとまっていくきっかけとなった出来事であったとのお話がありました。また、寅子と優三の河原のシーンは俳優さんのマネージャーの方々も含め、大勢の人が泣きながら観ていたとのお話がありました。
村上教授からは、法廷劇「毒饅頭事件」で学長は残念な人物に描かれていたが、実際の当時の学長は横田秀雄という大審院長(現在の最高裁長官)をつとめた立派な人物だったのに残念だったとの発言がありましたが、尾崎氏からはドラマでは大学名「明律大学」同様、学長もフィクションであるのでとのお話がありました。
尾崎氏、橋本氏ともに、「虎に翼」で寅子が裁判官になってからは、裁判官は喜怒哀楽を表すことがなく、描くのが難しかったとのことでした。村上教授からは、「寅ちゃんは家でしゃべりすぎだけどね。」とのお話もありました。
来場者からの質問をGoogleフォームで受け付けたところ、約100件の質問があり、その中から、ドラマでは明律大学という名前にした話、出演者の方を決めるにあたっての話、御茶ノ水を再現するにあたっての話、桂場が酔ってお皿を食べ始めたシーンの裏話などを、尾崎氏、橋本氏からご回答いただきました。
多岐川の滝行や桂場の皿食いといった突拍子もないと思われることほど事実であって、モチーフとした人物の実際の行動を脚本に織り込んだとのことでした。本学OBで小橋を演じた名村辰さんはオーディションにより配役されたそうで、村上教授としては英語が堪能な名村さんにはGHQとの交渉での通訳を望んでいたものの力が及ばなかったとのお話があり、橋本氏は名村さんの「Five Witches」の発音がとても良かったということで、会場の笑いを誘いました。また、「虎に翼」のスピンオフについて、尾崎氏、橋本氏ともに、「虎に翼」チームとしては作ってみたいねという話をしています、とのことでした。
【補足】
当日はたくさんの質問をお寄せいただきましたが、講演会では取り上げられなかった質問の一部について、登壇者の皆様に追加でご回答いただきました。
Q 法律考証で苦労したことを教えてください。
A (村上教授)戦前の法廷(とくに判検事・弁護士の所作)を再現するのが難しかったです。
Q 視聴者の心を揺さぶる演出・表現は、どのような思考によって生まれるのかを知りたいです。橋本さんが演出を考える際にご自身が大切にされているポイント、特に虎に翼において重きをおいた点がありましたら、ぜひそちらも合わせて教えていただけますと幸いです。
A (橋本氏)演出を考える際はいつも「自分の知識や価値観を疑う」ということを意識しています。
Q ドラマでは、寅ちゃんは女子部に出願するまでが大変で、出願した後は割とすぐに女子部入学のシーンになった印象がありますが、実際の女子部はどのような入試だったのでしょうか?また、入学した学生の境遇も、ドラマの涼子様やよねさんのようにバラエティに富んでいたのでしょうか?
A (村上教授)女子部の入学資格は、高等女学校卒業者という、当時の女性として高い学歴を求められていましたから、難しい入学試験などはなかったようです。昭和4年に法科に入学した第1期生は93名でしたが、関東圏を中心に東北や九州(さらに、日本統治下の朝鮮・中国・満州・台湾)からの入学者もあり、しかも30歳以上の者が3割程度いたことが知られています。残念ながら、初等教育すら充分に受けていなかったよねさんや、華族である涼子さんのような例は、ありませんでした。
Q ドラマを拝見していて憲法を勉強してみたいと思いました。法律について勉強した経験がないのですが、どのように勉強するのがいいでしょうか?ドラマ出演者の方にはどのようにレクチャーされたのでしょうか?
A (村上教授)憲法・民法・刑法などの法律が、どのような社会状況のなかで、どのような思いから作られたのか、そしてその後、どのように運用されていったのかを、いろんなエピソードも交えながらお話ししました。法律は、たしかに難しいのですが、法律には血が通っていて、我々の身近にあるものだということを、俳優さんたちに分かってもらえたのではないかと思っています。
Q 先日刊行されたシナリオ集を読んでいるところです。映像を先に見ているため、このセリフやト書きからああいったストーリーやテンポになるのだな、とイメージできたのですが、実際に映像をつくる際はどのように雰囲気や脚本の意図を汲み取り、組み立てていくのでしょうか?
A (橋本氏)私は台本を理解していくためにまずは自分で口に出してセリフを読んでみるようにしています。
Q 実在の事件や判例をストーリーの中に織り込む際に、1番気をつけたポイントは何でしょうか?
A (尾崎氏)実際の事実がどうだったかを調べて把握することです。ドラマとしてフィクションとして描く上で、それが重要な土台となるので。
Q 甘味処の竹もとのモデルは実際には神田淡路町の甘味処竹むらを使っていらしたようですがなぜこの店を選ばれたのですか?
A (尾崎氏)企画が決まった後、明治大学周辺の御茶ノ水・神田界隈を調べていた時に見つけ、寅子が学生時代から通っていてもおかしくないお店のモチーフとして使わせていただきました。
Q ドラマを作っていて、1番楽しかったことは何ですか?
A (尾崎氏)編集室で、一番最初の視聴者として「虎に翼」を見られることです。
Q 私は轟さんが1番好きですが、皆さんの推しキャラはどなたですか?
A (尾崎氏)花岡と穂高先生です。(村上教授)はるさんと花江ちゃんです。
Q よねさんら明律大学女子部の同期たちも大変魅力的な存在でしたが、モデルにした方はいらっしゃるのでしょうか?
A (尾崎氏)具体的なモデルはいませんが、村上先生に教えていただいた明治大学女子部に在籍していた多様な女性たちの存在をヒントにして創作しました。
Q 女性の様々な生き方を応援するようなドラマでもあったと思いますが、ドラマの中の時代の意識と現代の意識では大きく異なる部分があり、そこをどのように折り合いをつけて組み込んでいかれたのかを教えてください。
A (尾崎氏)当時の意識や事象をそのまま描くことが現代の放送において差別や偏見の再生産にならないようにということは意識しながら描きました。
Q 「はて?」というセリフが生まれた経緯を教えて欲しいです。
A (尾崎氏)脚本の吉田恵里香さんのアイディアです。否定するのではなく相手との対話を続けるためのセリフとして考えられたそうです。
Q 今でも寅子のようなガッツのある女子学生はいますか?
A (村上教授)いてほしい(いる筈です)し、もっと出てきてほしいと願っています。
Q 法律考証と脚本の折り合いをつけるところが最も難しかったのはどこですか?
A (村上教授)戦後期の裁判事例はすべて実際の判決を使っていますが、戦前期のものは相当脚色しています。基本的には、脚本のストーリー展開の邪魔をしないように配慮しました。
Q ドラマの進行に合わせた村上先生の「今週の解説」の更新を毎週楽しみにしていました。色々な資料をドラマ制作側に提供されたかと思いますが、ドラマ(シナリオ)に使用されたされてないに関わらず、印象に残っている事柄がありましたら教えていただきたいです。
A (村上教授)「今週の解説」を読んで下さり、ありがとうございます。戦前の明治民法では、男尊女卑があまりに強く、女性の権利(主張)が認められないのが一般的でした。酷い規定や裁判例はいやほどあります。ドラマで使ったのは、ほんの一例なのです。
Q 日比谷公園の噴水として、名古屋の鶴舞公園の噴水が登場しましたが、これには何か深い意図があるのでしょうか?
A (尾崎氏)鶴舞公園の設計に日比谷公園を設計した方も携わっていて、造形などに近い部分があるので、日比谷公園に見立ててロケをしました。
Q 寅子と航一が結婚する際に、航一が「僕が佐田姓にしてもよい」というシーンがありましたが、妻になる人の元結婚相手の姓を名乗ることは可能なのでしょうか?
A (村上教授)寅子の場合、再婚する時点での氏が「佐田」でしたから、これが旧姓になります。優三さんと死別した際に、「猪爪」に戻ることもできたのですが。
Q 最後の大法廷、尊属殺の判決は、桂場は穂積先生を裏切ったということを、素人にもわかるようにご解説いただけると幸いです。
A (村上教授)桂場判事が下した尊属殺違憲判決は、結論としては、穂高先生の無念を晴らしたことになりますが、穂高先生が尊属殺規定を違憲だと主張した理由は、親に対する子の「孝」の道徳を法律で強要すること自体が間違いだというのでした。桂場は、「人倫の大本」である親子道徳を法律で規定し、一般殺より重罰にすること自体は認められるとしながら、尊属殺の刑があまりに重すぎる(死刑または無期懲役のみ)から、違憲だと判決しているのです。穂高先生と桂場判事では、根本的な考え方に大きな違いがあるというのが、私の見解です。
Q 個人的に美佐江と美雪の存在がとても印象的でしたが、片岡凜さんの演技をどう思われましたか。欲をいえば、美佐江と美雪の内面をもっと掘り下げたところを見たかったです。
A (尾崎氏)片岡凜さんは美佐江と美雪という難しい二役を演出のディレクターとしっかり話し合いながら丁寧に演じていらっしゃいました。片岡さんにお願いして良かったです。
Q 尊属殺重罰規定違憲判決を扱うことはどなたがいつ決められたのでしょうか?また、同判決を地上波のテレビドラマで扱うことについて気を配ったことについて教えてください。
A (尾崎氏)企画が決まって物語の流れを決めていく際に、寅子が生きた同時代の法曹界での重要な出来事として扱うことに決めました。事件について説明するセリフ表現について、NHKで性暴力についての取材を長年しているチームに相談しました。
Q 訴訟関係のセリフの法的チェックはどなたにお願いしたのか?
A (村上教授)番組のテロップにも出ていましたが、戦後期については、某弁護士事務所や元高裁長官、その他にも元家裁判事や元最高裁調査官の方など、多くの方々にアドバイスをいただきました。
Q 冒頭のビデオレターで伊藤沙莉さんが話していたキャストの皆さんへの講義について、具体的に伺いたいです。
A (村上教授)女子部の女優さんたちが決まった段階で(2023年9月)、皆さんに明治大学に来ていただいて、通常の教室で、4日にわたって(朝1限)講義を行いました。難しい内容にならないよう、法律を分かりやすくお話しするよう務めましたが、幸い、好評だったようです。
Q どのあたりのシーンをとるのが、難しかったか?
A (橋本氏)講演会でもお話ししましたが、寅子が裁判官になってからは表情や言動でどのくらい気持ちを表現するのか、その程度を探るのに苦労しました。
Q なぜ、三淵さんを連ドラに採用したのですか?どうやって彼女を発見したのか?大先輩を彼女と呼んですいません。
A (尾崎氏)脚本の吉田恵里香さんと企画を練っている時に、プロデューサーの石澤さんが日本で初めての女性弁護士が3人いたという記事を見つけてきて、そこから三淵嘉子さんに繋がりました。
Q 今回の虎に翼は私自身が大変エンパワメントされると同時に自身の経験と重なることもあり涙することもありました。同じ思いをした方がとても多かったと思います。多くの方の共感を得られた要因はどこにあったかと思われますか?
A (尾崎氏)多くの方々の共感を得られた要因として、過去のことを描きながら、それが現代にも繋がる問題であることを意識した内容であったことがあると思います。
Q ヒャンちゃんや梅子さんなども、モデルはいるのでしょうか?
A (尾崎氏)具体的なモデルはいませんが、村上先生に教えていただいた明治大学女子部に在籍していた多様な女性たちの存在をヒントにして創作しました。
Q 「はて?」は、アドリブてすか?
A (尾崎氏)脚本の吉田恵里香さんの書かれたセリフです。
Q 『虎に翼』という、とても印象的なタイトルは、どなたが、いつ、どんなきっかけで、ひらめかれたのですか?
A (尾崎氏)タイトルがなかなか決まらず考えあぐねていた時に、プロデューサーの石澤さんが韓非子の「虎に翼」という言葉を見つけて、案として出してくれました。
Q とらつば大好きでした。今とらつばロスです。どうしたらよいでしょうか?というのは置いておいて、とらちゃんが航一さんに「ちちんぷいぷい」をやったのは台本にあったのでしょうか。笑いを堪える航一さんが予期せぬという感じでアドリブなのでは⁈と思ってしまいました。その後のちちんぷいぷい返しも感無量です笑
A (尾崎氏)「ちちんぷいぷい」は台本に書かれていたセリフです。伊藤沙莉さんと岡田将生さんがアドリブかのようにとても自然に演じられていました。
Q 小橋の発芽玄米人気の盛り上がりは予想されていましたか?
A (尾崎氏)予想はしていませんでしたが、名村辰さん演じる小橋がスタッフからも、視聴者のみなさんからも愛された結果だと思います。
Q 戦前からのお話ですが、女性たちの仕事と家庭の両立の難しさなどは現代とリンクする部分があると感じました。私も看護師として働いていますので、時代は違えど寅ちゃんたちの気持ちが痛いほどわかります。現代社会で生きている女性に向けての意識もされて演出されたりはあったのでしょうか?その他、衣装がとても素敵です!どちらから用意してきたものでしょうか?
A (尾崎氏)脚本の吉田恵里香さんの、過去のことを描きながらそれが今にも繋がっているという問題意識が、現代の女性のみなさんにも届いたのだと思います。衣装は専門の衣装会社のスタッフの苦労の賜物です。
Q 弥彦神社をロケに選んだ理由は?
A (尾崎氏)新潟が三淵嘉子さんに縁のある場所だったということと、写真に残っていた三条支部の過去の姿が弥彦神社にある建物ととても似ていたことが理由です。
Q ブルーパージのことをドラマを見るまで全然知らず、少し詳しくご解説いただけたら嬉しいです。
A (村上教授)ブルーパージについては、ここでは書ききれません。ネットにも記事が沢山出ていますので、そちらをご覧ください。
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