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明治大学体育会硬式庭球部(スポーツ編)

全日本大学対抗テニス王座決定試合初優勝(1982年) 34年振りに全日本大学対抗テニス王座決定試合に出場し惜しくも準優勝(2016年) 藤倉二郎 欧州遠征にて(1934年) 第44回全日本テニス選手権、畠中君代シングルス初優勝。男子シングルス優勝の神和住選手と一緒に優勝杯を掲げて(1971年)

 

硬式庭球部について

硬式庭球部監督 上原真吾
 
  明治大学体育会硬式庭球部は、1905(明治38) 年に発足した端艇部、柔道部、剣道部、相撲部と共に創設された、創部115年を越える伝統と歴史を有する部である。創部当時は神田錦町予科校庭をテニスコートとして代用し、のちに駒沢明大テニスコート、八幡山グランド、2000(平成12) 年に西調布へ移転。2004年(平成16年)には西調布に新合宿所および新テニスコート(ハードコート5面)が完成し現在に至っている。
 大学テニスの対抗試合は1898(明治31) 年に東京高等師範学校(現筑波大学)と東京高等商業学校(現一橋大学)が始めとされ、その後、早稲田大学、慶応義塾大学が参加され、後に本学や法政大学など加わり盛んになり、大学テニスは日本テニス界の発展に大きく貢献してきた。
 本学歴代の諸先輩には、日本代表として、オリンピック(極東オリンピック)に出場した横山洋治(1927年卒)、藤生東介(1929年卒)、デビスカップに出場した藤倉二郎(1936年卒)、塚田正友(1940年卒)、フェドカップ(現ビリー・ジーン・キング・カップ)に5年連続、計6度出場し日本の女子テニス界に大きく貢献した畠中君代(1967年卒)がいる。また国内大会では、全日本テニス選手権のシングルス、ダブルス、混合で計13度の優勝を果たしている畠中君代。全日本室内テニス選手権のシングルス、ダブルスで計7度の優勝を果たしている畠中君代、ダブルスで優勝した上原真吾(1991年卒)。全日本ローンテニス選手権のシングルス優勝した畠中君代、ダブルスで優勝した上原真吾がいる。学生大会では全日本学生テニス選手権のシングルスで仲井紘一(1966年卒)、畠中君代、佐山綱一(1984年卒)の2連覇、藤井渉(1987年卒)、ダブルスでは佐山綱一、河合利昌(1987年卒)が優勝している。全日本学生室内テニス選手権ではシングルスで畠中君代、諱五貴(2017年卒)、ダブルスで畠中君代が優勝している。また団体戦大学日本一を決める全日本大学対抗テニス王座決定試合では念願の初優勝を1982(昭和57) 年に、そして翌年にも優勝し2連覇をするなど輝かしい戦績を残している。
 近年の硬式庭球部では2005(平成17) 年に女子部員を新たに迎えて新しい時代に向けてスタートを切った。2012(平成24)年には小野陽平(2015年卒)が関東学生トナーメントのシングルスで藤井渉以来の30年振りの優勝、2015(平成27)年には関東学生テニス選手権で澁田大樹(2017年卒)がシングルス優勝、そして2016(平成28)年には男子が全日本大学対抗テニス王座決定試合に34年振りに出場し、準優勝の戦績を残した。同年に女子は念願の関東学生1部リーグへの昇格を果たした。
 時代の変革と合わせて新しい技術や情報を活用したテニス技術向上と社会で通用する人材育成をすることを目標に日々努力をしつづけている。そして自分に関わる全ての方々への感謝を体現する事を大事にし、2007(平成19)年より合宿所、テニスコートの所在地である調布市に感謝の想いを伝えたい気持ちから、調布市市民交流テニス教室(春と秋に年2回開催)、調布市富士見町の清掃活動、町内運動会の支援などの社会貢献活動を実施している。これからも先輩方の精神を受け継ぎつつ、さらに新たなチャレンジを模索していきたい。