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アジア留学生研究会の近況—コロナ禍を越えて(留学生編)

2023.10
アジア留学生研究会の近況—コロナ禍を越えて

明治大学史資料センター副所長 
高田幸男(文学部教授)

 明大山脈が海を越え、アジアに広がっていることは、以前、本コラムで紹介した(「アジアに広がる明大山脈」)。このアジアに広がる明大山脈の全容解明に取り組んでいるのが、大学史資料センター(以下、センター)アジア留学生研究会である。
 アジアからの留学生については、1980年代の『明治大学百年史』も多くの紙数を割いている。とはいえ、1896年に始まる留学生受け入れの歴史に関する叙述は、必ずしも系統立っておらず、また明治大学出身者にどのような人物がいるのかも詳細に紹介されているわけではない。しかも、百周年事業の終了後、アジア留学生を扱う恒常的な組織は作られなかった。
 そうした中、2010年に発足したのがアジア留学生研究会(以下、研究会)である。現在のメンバーは、高田幸男(研究会代表、センター副所長、文学部教授、中国近現代史)、村上一博(センター所長、法学部教授、日本近代法制史)、李英美(商学部教授、日韓法制史)、三田剛史(商学部教授、中国経済思想史)、山下達也(文学部教授、朝鮮教育史)、土屋光芳(名誉教授、中国政治史)、鳥居高(商学部教授、東南アジア近代政治)、鈴木将久(東京大学・中国文学史)、阿部裕樹(センター職員・日本近代史)である。留学生が学び、活躍した分野を反映して、メンバーも、近現代史、法制史、政治学、経済思想史、教育史、文学史と多岐にわたる。総合大学における留学生史研究は、海外調査も欠かせず、大型の総合的研究にならざるを得ない。
 幸いなことに、発足直後に「明治大学新領域創成型研究」に申請した研究課題「近代東アジア人材養成における明治大学・経緯学堂の役割」が採用され、実質半年間とはいえ、明治大学アジア留学生の全体像把握のためのデータベース構築に着手するとともに、明治大学出身の著名人物の顕彰・事例研究を進めることになり、それは『明治大学小史人物編』の「アジア留学生」の章に結実した(1)。同書は、日本の大学による校友人物誌で、はじめてアジア留学生を校友の一角に位置づけて紹介したものである。
 ついで2012年度から3年間、やはり明治大学学内の「人文科学研究所総合研究」に研究課題「アジアの政治社会の民主化と明治大学留学経験についての総合的研究」が採用された。これにより、データベース、人物・事例研究を進めるだけでなく、ソウル、台北、上海、台南において海外調査をおこなった。国内外の研究者のみならず、明治大学校友会大韓民国支部、同台湾支部と連絡を取り、史料を収集し、また老校友のインタビューを実現した。ソウルでは、史上最年少(20歳)の司法試験合格者である任甲寅弁護士(当時92歳)、著名な西洋画家張斗建画伯(当時96歳)に、台湾新北市では曹伯輝氏(当時96歳)にインタビューすることができたが、いずれもインタビューから1年以内にご逝去され、貴重な記録となった。この3年間の成果は、論文集『戦前期アジア留学生と明治大学』に結実した(2)。
 さらに2019年度には、李英美を代表とする日本学術振興会科学研究プロジェクト「東アジア近代法学・関連諸科学ネットワークと人材育成」がスタートした。戦前期の明治大学においてアジア留学生が集中していた法学部を中心に、戦後も視野に入れて史料収集やインタビュー、学術交流を展開し、2019年度には韓国において元留学生のインタビューを実施した。ところが、2020、21年度は新型コロナウイルスの感染拡大により、国内外の調査ができなくなり、やむを得ず、オンラインのデータベース等から史料を収集し分析をおこなうことになった。
 2022年度後半になって国内外の行動規制が緩和されて、まず8月にはアジア留学生に関する史料を多数所蔵する九州大学を訪問し、2023年3月には、5年ぶりの台湾調査をおこない、インタビューや研究者との交流をおこなった。今年度は7月末に台湾でインタビューや資料調査などを実施し、現地に保存されている貴重な留学生の史料を実見することができた。今後11月には韓国調査を実施し、24年2月にプロジェクトを総括する国際シンポジウムを開催する予定である。
 コロナ禍は現在も完全に収束したとはいえない。だが現地を訪問し、校友や研究者と交流を再開して、改めて、新たな知識や進路を求めて海外へ旅立った留学生の思いを実感することになった。今後の成果にご期待いただきたい。

(1)大学史資料センター編『明治大学小史人物編』学文社、2011年。
(2)高田幸男編著『戦前期アジア留学生と明治大学』東方書店、2019年。