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佐藤新興生活館の館内探索—山の上ホテルの起源—(キャンパス編)

竣工時の佐藤新興生活館(『生活』1938年4月号) 生活参考資料陳列所(同、1938年7月号) 佐藤新興生活館宿泊料金(一泊朝食付き)

2025.5
佐藤新興生活館の館内探索—山の上ホテルの起源—
 
学術・社会連携部博物館事務室
大学史資料センター担当
古俣達郎
 
 1937(昭和12)年7月31日、山の上ホテル(2024年11月、明治大学は同ホテルの建てられている土地・建物を取得した)の前身、佐藤新興生活館が竣工した。
 この建物は明治大学の校友で実業家の佐藤慶太郎が主導する生活改善運動の拠点として建設され、著名な建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズが建築設計を担当した。同館の案内によると、建物の概要は次の通りである。
  建築概要
   位置 東京市神田区駿河台一丁目一番地
   敷地 五百三十二坪
   建坪 百七十四坪
   延坪 九百三十三坪二三
   階数 地上五階、地下二階
   様式 モダーン・ゴシック
   構造 鉄筋コンクリート
   起工 昭和十一年五月十一日
   竣工 昭和十二年七月三十一日
  各階配置
   地下二階 汽罐室 電気室 体育室 宿直室等
   地下一階 調査室 図書室 児童研究室 集会室 休養室 更衣室 倉庫等
   一階 受付 事務室 代理部 編輯室 理事室 監事室 貴賓室 応接室 宿直室交換室等
   二階 生活参考資料陳列所 食堂 和式宿泊室等
   三階 生活訓練所寮舎 和洋宿泊室 浴室等
   四階 講堂 集会室 理事長室 茶室 和式宿泊室等
   五階 生活訓練所教室 研究室 洗濯室 寝具室等
 上記のうち、同館に特徴的ないくつかの設備(部屋)を紹介したい。
 2階の生活参考資料陳列所は「国民の生活向上に裨益する優良生活参考器品、統計、図表、模型等を常時陳列し、一般に公開」する展示室である。館の落成式と同時に開催された「時局対策生活展覧会」の終了後、常設の展示室として設置された。
 同じ2階には食堂があり、「栄養食堂」とも呼ばれている。食堂では佐藤が胃腸病の治療のために実践し、推奨していた玄米食などが出された。「学生食堂の感がある」と評されるほど、学生の利用率が多く、隣接する明治大学の学生も通っていた可能性が高い。
 3階に生活訓練所寮舎、5階に同教室があるのは、この建物が生活改善運動の指導・訓練を行う訓練所の側面を備えていたからである。訓練所所長は佐藤が務め、実際の運営は主任の高良とみが担当した。一期生は女性116名で、冷水摩擦にはじまる共同生活が行われた。
 4階には佐藤が執務を行う理事長室のほか、講堂と集会室があった。講堂・集会室は講演会や「生活講座」などの講座の会場として使用され、ガントレット恒、市川房枝らが結成した日本婦人団体連盟の結成記念講演会が開かれたのもこの講堂である(同連盟の事務所は2階にあった)。講堂は、戦時下において、矢内原忠雄の聖書講義の会場としても使用された。
 1939(昭和14)年、先の訓練所が三鷹市に移転したため、3階の訓練所寮舎は宿泊室に変更された。宿泊室(貸室)は主に生活改善運動の同人や家族等を対象としたものだったが、地方の代議士や県庁職員らが定宿にしはじめ、部屋の増設後は、団体の受け入れを開始した。団体客は、男女青年団、運動選手団、女性教員の会などで、中等学校の修学旅行でも活用された。宿泊料金は右上の表の通りで、当時、東京のホテルの一泊二食付き料金が平均約5.4円だったことからすると割安で、いつも満室であったという。山の上ホテルの常連になる石坂洋次郎はこの時代の宿泊室にも滞在したことがある。
 このように佐藤新興生活館はもともとホテルとして建てられたものではなかったが、当初から宿泊施設としての設備を有し、その規模を拡大させていた。このことが、後に山の上「ホテル」として再出発することを可能にしたと考えられる。
 
【参考文献】
『佐藤新興生活館概要 昭和十二年十月現在』(「オンライン版 市川房枝資料 1905-1946」)
「生活館たより」『生活』大日本生活協会、1939年9・10・12月、1940年2・4・6・11月号
佐藤慶太郎翁伝記編纂会編『佐藤慶太郎』大日本生活協会、1942年
『戦前戦後物価総覧』東洋経済新報社、1954年
石山ふく「あれから二十年」、奥田半亮「協会と共に二十年」、「日本生活協会略譜」『生活』日本生活協会、1955年10月号
矢内原忠雄『矢内原忠雄全集』第25・26・29巻、岩波書店、1965年
市川房枝『市川房枝自伝 戦前編』新宿書房、1974年
松田忍『雑誌『生活』の六〇年—佐藤新興生活館から日本生活協会へ—』昭和女子大学近代文化研究所、2015年
一粒社ヴォーリズ建築事務所編・山形政昭監修『ヴォーリズ建築図面集』創元社、2017年