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第7週「女の心は猫の目?」振り返りコメント

河合栄治郎.1934.『ファッシズム批判』.日本評論社 河合栄治郎.1934.『ファッシズム批判』.日本評論社

 
2024.5
第7週「女の心は猫の目?」を振り返って
 
明治大学法学部教授、大学史資料センター所長/図書館長
村上 一博
 
 第7週は、寅子が、雲野六郎(塚地武雅さん)の法律事務所で1年半の弁護士修習を終えて、めでたく弁護士資格を取得・・・ところが、独身の女性という理由でなかなか依頼人から信頼を得られなかったことから、あくまで社会的信用を得る手段として(愛情によるのではなく)、優三との結婚に踏み切った(私には「こんな理由で結婚してしまうの?」「ハテ?」)という筋書きでした。
 花岡との別れ、優三との結婚については、恋愛の機微に疎い私では、なんとも言いようがありませんので、今週の振り返りは、法律問題に絞ってお話ししたいと思います。
 
 雲野弁護士のモデルは、海野普吉(横浜事件・松川事件・砂川事件など数多くの政治・思想関係の事件を担当したことで知られる、社会派・人権派弁護士の一人)です。ドラマでは、寅子が修習中、雲野法律事務所に、出版法第27条違反の容疑で逮捕・起訴された落合洋三郎(東京帝国大学経済学部教授)が訪ねてきて弁護を依頼しますが、落合洋三郎とは河合栄治郎(自由主義者として知られ、ファシズム批判を展開していました)のことで、実際にあった事件をモデルにしています。実際には、海野に弁護の依頼をしたのは河合の門下生たちであり、河合自身は何度も何度も取調べを受けて憔悴しており、弁護人を選定しない旨を裁判所に伝えていたようです(ドラマの法廷でもそんな趣旨の発言をしていましたね)。
 
 河合が執筆した4冊(ドラマでは6冊ですが)の著書、すなわち『改訂社会政策原理』・『ファッシズム批判』・『時局と自由主義』・『第二学生生活』(いずれも日本評論社刊)が、出版法第19条の安寧秩序妨害に当たるとして内務大臣によって発売禁止処分に付されたうえ(昭和13年10月)、河合はさらに出版法第27条「安寧秩序ヲ妨害シ又ハ風俗ヲ壊乱スル文書図画ヲ出版シタルトキハ著作者、発行者ヲ十一日以上六月以下ノ軽禁錮又ハ十円以上百円以下ノ罰金ニ処ス」に該当するとして起訴され、予審の結果、公判(東京地裁)に付されました(昭和14年7月)。時期的には、寅子(三淵さんも同様)が弁護士修習をしていた時期と重なりますが、実際には、三淵さんは海野法律事務所で修習をしていませんから、河合栄治郎事件に関わった事実はありません。
 ちなみに、この事件は、大正9年1月の森戸辰男事件、昭和8年4月の滝川幸辰事件、昭和10年2月の美濃部達吉事件、昭和15年2月の津田左右吉事件などとともに、言論思想に対する弾圧が一般社会から大学にまで及び、学問の自由が脅かされるようになった事件として知られています。また、裁判の時期が、太平洋戦争勃発(昭和16年12月8日ですよ。忘れないでください!)の前後に跨っている点でも重要な事件です。

 ドラマでは、各著書の初版とその後の重版の日付について寅子が作成したメモをみて、雲野が出版法第33条の公訴時効1年という規定に気付いた結果、無罪判決(時効がすでに成立し、公訴権は消滅しているとの理由で)を勝ち取ることができ、目出度し目出度しで終わっています。しかし、実際の東京地裁判決は、版を重ねる度に出版行為とみなされるべきであるから、初版日を時効の起算点とすることはできないとの理由で、海野弁護士の主張を退けました。ただし、海野弁護士が主張した別の論点、すなわち河合に安寧秩序を妨害する犯意(主観的違法性)がないとの主張が認められて、無罪が言い渡されています(奇遇なことに、この裁判の左陪席判事は、後に三淵さんの再婚相手となる三淵乾太郎です)。その後、第二審の東京控訴院(昭和16年10月)で有罪判決、大審院(昭和18年6月)でも上告棄却となり、罰金刑が確定しました。このように、ドラマと実際の判決は、かなり違います。
 ちなみに、この東京地裁の第一回公判が開かれた際、立会検事の請求により、裁判は非公開となり、裁判長が特に認めた者にだけ傍聴が認められました(ドラマでは、傍聴席にいたのは特高の刑事と文部省の役人だけで、傍聴が認められなかった落合の門下生や大学関係者などが法廷に押し寄せて騒いでいましたね)。
 
 最後に、ドラマでは、久保田(=中田正子さん)が、代議士が妾に産ませた子を実子として入籍した事件で、女性弁護士として初めて法廷に立ち、マスコミの注目を浴びていましたが・・・実際に、初めて法廷に立った女性弁護士は、久米愛さんでした。29歳の母親が生後70日の実子と心中を図り、自分だけ生き残ってしまった事件で、殺人罪に問われた母親の弁護を行いました。昭和16年9月17日のことです。この点も史実とは異なります。
 さて、次週では、いよいよ寅子が、母親の親権をめぐる事件を初めて担当し、法廷に立つことになります・・・、果たして上手く対応できますかどうか。

【補足】
 女優の木村多江さんがMCを務める、NHK教育テレビ(Eテレ)の番組《木村多江の、いまさらですが・・・》の『憲法と家庭裁判所-三淵嘉子からのメッセージー』が、5月27日(月)19:30~20:00(再放送は30日(木)15:05~15:35)に放映されます。
 三淵さんの生涯が、動く紙芝居で表現されていて面白いです(NHK解説委員の清永聡さんと私が監修にあたりました)。機会があれば、ご覧ください。

ファッシズム批判(初版)※日本評論社のウェブサイトです
ファッシズム批判(新装復刻版)※日本評論社のウェブサイトです
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