歌川国芳、「賢女烈婦伝」「常盤御前」(部分)、東京都立図書館
2024.5
第8週「女冥利に尽きる?」を振り返って
明治大学法学部教授、大学史資料センター所長/図書館長
村上 一博
村上 一博
寅子は、優三と結婚したことで依頼人から信頼されるようになり、念願だった法廷にも立つことができました。
「望んだものは全て手に入」(語り)れて、まさに順風満帆というところでしたが、義父母から子供を取り上げられそうになった可哀そうな寡婦を演じた依頼人の戯言に誑かされて、誤った判決結果をもたらすという大失態をしでかし、すっかり意気消沈してしまいました。
妊娠による体調不良にくわえ、久保田と中山が家庭と仕事の両立に耐えられず弁護士を廃業するという話を聞いて、「もう私しか居ない」「困っている依頼人の為に誠心誠意働く」んだと追い詰められて焦る寅子に、さらに追い打ちをかけるように、兄の直道が出征、穂高先生とよねと決別、ついに寅子は「私はどうすれば良かったの」と悲痛な声を挙げて「降参」、雲野法律事務所を辞職してしまいました。
吉田恵理香さん(脚本)は、寅子をこれでもかというほどに「地獄」に突き落として試練を与えます。娘の優未が誕生して幸せな日々が訪れたのも束の間、今度は優三が出征、住み慣れた家も国に供出されてしまいました。第8週は、こんな、辛く悲しい一週間でしたね。
「望んだものは全て手に入」(語り)れて、まさに順風満帆というところでしたが、義父母から子供を取り上げられそうになった可哀そうな寡婦を演じた依頼人の戯言に誑かされて、誤った判決結果をもたらすという大失態をしでかし、すっかり意気消沈してしまいました。
妊娠による体調不良にくわえ、久保田と中山が家庭と仕事の両立に耐えられず弁護士を廃業するという話を聞いて、「もう私しか居ない」「困っている依頼人の為に誠心誠意働く」んだと追い詰められて焦る寅子に、さらに追い打ちをかけるように、兄の直道が出征、穂高先生とよねと決別、ついに寅子は「私はどうすれば良かったの」と悲痛な声を挙げて「降参」、雲野法律事務所を辞職してしまいました。
吉田恵理香さん(脚本)は、寅子をこれでもかというほどに「地獄」に突き落として試練を与えます。娘の優未が誕生して幸せな日々が訪れたのも束の間、今度は優三が出征、住み慣れた家も国に供出されてしまいました。第8週は、こんな、辛く悲しい一週間でしたね。
気を取り直して、ドラマで扱った事件について少し解説しておきましょう。
ドラマの中で寅子が2番目に担当した事件は、夫との離婚を望んでいた妻(依頼人)が夫の出征を理由に依頼を取り下げたというものでしたが、これは、三淵さん自身が語っている事件です。その次に担当して失態をさらした事件は、「常盤御前事件」を参考にした(と私は理解しているのですが)、ドラマの創作です。
「常盤御前事件」とは、昭和4年に大審院に係属した「親権喪失請求事件」です。上告人は亡夫が残した遺児2人の親権者である山崎クカ、被上告人は亡夫の父親である山崎延太郎です(一・二審とも延太郎側が勝訴)。親権者であるクカは、歯科医であった夫の死後、遺児2人の養育と生活を維持するため、亡夫の診療所を友人の歯科医山口壽興に賃貸したのですが、程なくしてその妾となって一子を設けました。そこで、義父の延太郎は、民法第896条「父又ハ母カ親権ヲ濫用シ又ハ著シク不行跡ナルトキハ裁判所ハ子ノ親族又ハ検察官ノ請求ニ因リ其親権ノ喪失ヲ宣告スルコトヲ得」により、クカの親権喪失を請求したのです。
クカ側は次のように反論しました。民法が不行跡を親権喪失の理由としたのは、親権者の不行跡のために、子女の監護教育が等閑にされるのを防止するためである。「往昔の常盤御前・・・が其の母と幼き三児の為に世の所謂貞女両夫に見へずてふ教に背き清盛の寵に忍従したる此の行為に対し未だ曾て不行跡者なりと議したる者あるを聞かず。クカが山口壽興に身を寄せ、遺児を歯科医たらしめんとしたのは上叙の風習に随ふものにして、素より推奨すべきものには非ざれども、唯是れ人の妾と為りたると云ふに止まるのみ」と。
大審院は、このクカ側の主張を容れて、「親権を有する寡婦が妻子ある他の男子と其の情を知りつゝ同棲するが如き行為は素より排斥すべきものたること論を俟たずと雖、其の者の社会上の地位身分資力其の他特殊の事情の如何に依りては、未だ以て親権を喪失せしむべき著しき不行跡と目するを得ざる場合あるべく、裁判所が親権の喪失を宣告するに際りては、単に親権者に右の如き排斥すべき行為ありたる事実のみを以て足れりとせず、須らく其の事案に付、前記各種事情の如何を審究参酌し、果して親権の喪失を来すべき著しき不行跡なるや否を認定することを要す」と判示して、原判決を破棄差戻しました。
クカ側は次のように反論しました。民法が不行跡を親権喪失の理由としたのは、親権者の不行跡のために、子女の監護教育が等閑にされるのを防止するためである。「往昔の常盤御前・・・が其の母と幼き三児の為に世の所謂貞女両夫に見へずてふ教に背き清盛の寵に忍従したる此の行為に対し未だ曾て不行跡者なりと議したる者あるを聞かず。クカが山口壽興に身を寄せ、遺児を歯科医たらしめんとしたのは上叙の風習に随ふものにして、素より推奨すべきものには非ざれども、唯是れ人の妾と為りたると云ふに止まるのみ」と。
大審院は、このクカ側の主張を容れて、「親権を有する寡婦が妻子ある他の男子と其の情を知りつゝ同棲するが如き行為は素より排斥すべきものたること論を俟たずと雖、其の者の社会上の地位身分資力其の他特殊の事情の如何に依りては、未だ以て親権を喪失せしむべき著しき不行跡と目するを得ざる場合あるべく、裁判所が親権の喪失を宣告するに際りては、単に親権者に右の如き排斥すべき行為ありたる事実のみを以て足れりとせず、須らく其の事案に付、前記各種事情の如何を審究参酌し、果して親権の喪失を来すべき著しき不行跡なるや否を認定することを要す」と判示して、原判決を破棄差戻しました。
夫の死後に、遺児を抱えて、寡婦が他の男の妾となる(あるいは私通に及ぶ)ことそれ自体を「著しき不行跡」と見做して遺児に対する寡婦の親権喪失を命じた判決例はそれまでもあったのですが、この大審院判決は、「常盤御前」の故事を引いた寡婦側の主張を容れて、妻の「不行跡」によって子女の監護教育が等閑にされたかどうかを検証して親権喪失を判断する必要があると判示したのです。
ドラマでは、寅子が、依頼人である寡婦(満智)の主張を全面的に信じて、義父母から何等の経済的援助も受けられず、生活を維持するため、やむをえず亡夫の友人の歯科医(神田)に診療所を賃貸したのであって、満智と神田との間に私通関係はないと弁護したことで(したがって「常盤御前」の故事を引く必要はなくなりました)、遺児2人(1人は懐妊中)の親権喪失を免れた(満智が勝訴)のですが、実際には満智の話はすべて嘘であり、2人の子はいずれも亡夫の子ではなく、夫の存命中から神田と私通関係にあったことが明らかとなりました。
寅子は(そしてよねも)、女性は常に虐げられ差別され被害者であるとの先入観から、依頼人の嘘に易々と丸め込まれたのでした(寅子がコケシを使って事件の事実関係を優三に説明した際・・・守秘義務に抵触しないよう一般的に説明するよう工夫しています・・・優三が冷静に対処するよう促していましたね)。
寅子は(そしてよねも)、女性は常に虐げられ差別され被害者であるとの先入観から、依頼人の嘘に易々と丸め込まれたのでした(寅子がコケシを使って事件の事実関係を優三に説明した際・・・守秘義務に抵触しないよう一般的に説明するよう工夫しています・・・優三が冷静に対処するよう促していましたね)。
【補足】
雲野弁護士は、寅子が依頼人の虚言を見抜けなかったことを、人の「人生を狂わせた」、弁護士として「明らかな過失、失態だ」と厳しく戒めていましたが・・・失態はむしろ義父側の弁護士の方にあったと言うべきでしょう。義父側が、満智と神田との継続的な私通関係(著しき不行跡)について立証すべきだったのです。
さらに、この判決ののち、義父側は、息子と遺児との間の「親子関係不存在確認」の訴えを提起するなどして、息子の遺産(歯科病院など)を取り戻すこともできたはずです。余計なお世話ですが・・・。
雲野弁護士は、寅子が依頼人の虚言を見抜けなかったことを、人の「人生を狂わせた」、弁護士として「明らかな過失、失態だ」と厳しく戒めていましたが・・・失態はむしろ義父側の弁護士の方にあったと言うべきでしょう。義父側が、満智と神田との継続的な私通関係(著しき不行跡)について立証すべきだったのです。
さらに、この判決ののち、義父側は、息子と遺児との間の「親子関係不存在確認」の訴えを提起するなどして、息子の遺産(歯科病院など)を取り戻すこともできたはずです。余計なお世話ですが・・・。
【放送のお知らせ】
女優の木村多江さんがMCを務める、NHK教育テレビ(Eテレ)の番組《木村多江の、いまさらですが・・・》の『憲法と家庭裁判所-三淵嘉子からのメッセージー』が、5月27日(月)19:30~20:00(再放送は30日(木)15:05~15:35)に放映されます。
三淵さんの生涯が、動く紙芝居で表現されていて面白いです(NHK解説委員の清永聡さんと私が監修にあたりました)。機会があれば、ご覧ください。
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