「文芸研究」総目次(第91号〜第100号)

「文芸研究」総目次(第91号〜第100号)

第100号(2006年9月29日) 記念号 100号に寄せて
原 道生 思い出三題
羽矢 謙一 精神の冒険
神品 芳夫 バルト三国に思いを馳せたあの頃
高田 勇 「判らないのは・・・」
川合 高信 『文芸研究』をめぐる人々
菅井 幸雄 近代演劇研究への出発—「文芸研究」二論文の思い出—
津田 洋行 研究論文をめぐる“私評論”—疎遠な「文芸研究」に事寄せて—
野毛 孝彦 『心敬年譜』掲載までのことども
永藤 靖 出雲二題 第一篇 玉の奇蹟
第二篇 世界像を創出する力
小野 正弘 幕末草双紙デジタルコンテンツの試み—語学的研究の観点から—
井戸田 総一郎 ゲーテのメロドラマ『プロゼルピーナ』—言葉、音楽、活人画—
合田 正人 レオン・ポリアコフ歴史学の射程と方法、その問題点
田母神 顯二郎 アンリ・ミショーの初期作品における身体観の諸相と変遷
佐藤 正紀 芸術としての演技と模索—ティヴィット・ギャリックの場合—
内村 和至 四方梅彦の事績
柳町 時敏 なけやなけわがもろ声に呼子鳥—亡き魂を追う和泉—
久保田 俊彦 大規模コーパスにみる低認容度表現について
ホルト=ジェニファー "Economics versus Imagination: An Historical Perspective on Ideas of ‘Normal’Play in Children's Literature of the Long Ninetheen Century "
櫻井 泰 脚の短いヘルメース、ゲーテ—『魔の山』から『ヨセフ物語』—
山田 恒人 カタルシスと戯曲の構造
  『文芸研究』総目次
  『文芸研究』執筆者索引
第99号(2006年3月26日) 特集号 「読書・まず面白くなければ」
大西 巨人
立野 正裕
対談 おもしろくてためになる小説の話—世界文学への扉—
▼日本文学専攻
永藤 靖 日秀上人を読む
堂野前 彰子 遠野のはじめのものがたり
宮越 勉 「私の一冊」を探し求めて
神鷹 徳治 詩人の直観
小野 正弘 こ難しいものをゆっくりと
▼英米文学専攻
伊澤 東一 リンマス村のシェリー
羽矢 謙一 ロレンス文学論再読の中から
亀山 照夫 『イーサン・フローム』(イーディス・ウォートン)
久保田 俊彦 First Among Equals (Jeffrey Archer著)
ゲイル サトウ
寺澤 由起子 訳
日本とアメリカの多文化主義:二十一世紀を歩むためのリーダーズガイド
越川 芳明 二〇〇五年のマイベスト3
立野 正裕(監修) 私は読んだ・考えた・変わった—大学院生が選ぶ「探求」のテーマによる必読書一〇一冊—
▼ドイツ文学専攻
櫻井 泰 「飽食の子」と「内面性の文学」
吉田 正彦 読まず嫌いの読書のすすめ
冨重 与志生 州之内徹『気まぐれ美術館』のことなど
川里 隆 尾川正二『「死の島」ニューギニア—極限の中の人間—』
▼フランス文学専攻
根本 美作子 読書する時間
小島 久和 『エセー』と仏和辞典
杉山 利恵子 バンジャマン・コンスタン『アドルフ』
八木 淳 『デリー』を初めて読んだ日々
永倉 千夏子 白い閃光—書物と山高帽との、出会うことなき出会いのはざまで—
▼演劇学専攻
神山 彰 町歩きと読書と
武田 清 『笑い』が私の名著になるまで
伊藤 真紀 アンダルシーアの空の色(堀田善衛『スペイン断章—歴史の感興—』)
演劇学専攻編 演劇学専攻の推薦図書
▼文芸学/文芸メディア専攻
野毛 孝彦 私の「見ぬ世の人
内村 和至 小中学校のころの読書
蟹瀬 誠一 旅の読書はいつもミステリー
佐伯 和香子 読書という旅
津田 洋行 日本文化の根源に迫る独創の文学史—加藤周一『日本文学史序説』讃—
佐藤 義雄 完結するテキスト、発展するテキスト—前田愛『都市空間の中の文学』—
鈴木 宏明
大西巨人著
『神聖喜劇』を読んで—私の中の司馬遼太郎との対決—
文芸学/文芸メディア専攻編 文芸学/文芸メディア専攻の推薦図書
第98号(2006年2月28日)
立野 正裕 処刑された兵士の墓—道の精神史 その二—
伊藤 真紀 小山内薫と「霊魂の彫刻」—「象徴演劇」としての能—
柳町 時敏 深読み・誤読・曲解—浮舟の物語から—
内村 和至 資料紹介 『白波寝物語』下巻
永藤 靖 『播磨風土記』の農耕儀礼
小野 正弘
広瀬 満希子
渡部 圭介
<翻刻>『浅草観音利益仇討雷太郎強悪物語』(下)
岩井 憲幸 『アルハンゲリスク福音書』一〇九二年の本文不明箇所若干について
—ロシア国立図書館所蔵本閲覧によせて—
第97号(2005年9月28日)
宮越 勉 「児を盗む話」の世界—試練としての一人暮らし—
永藤 靖 『播磨国風土記』を読む
小野 正弘
広瀬 満希子
渡部 圭介
<翻刻>『浅草観音利益仇討雷太郎強悪物語』(上)
袴田 光康 『源氏物語』における「長恨歌」伝の研究—「桐壺」巻其の三—
長島 俊作 変態する家族—同姓婚の発生と家族の多様性が示す未来—
石原 竹彦 初期ショーレムにおける「全体性」の概念
第96号(2005年3月26日) 特集号 創作のほうへ
無署名 緒言 道に沿って鏡を掲げよ
神品 芳夫 豊後の雄緒方三郎惟栄のこと
永藤 靖 呪われた部分
嶋岡 晨 上海の古い錠
須山 静夫 『死海写本 イザヤ書』に分け入って
片爪 美穂 絆/道
岡田 真依 愛の旅/あの子
立野 正裕 静寂/光の記憶を探して
川里 隆 一斉に禅僧走る雪明かり・他
玉井 崇夫 茂吉の観音さま—歌人 永井ふさ子—
佐藤 義雄 坂と崖の風景—小石川を歩く—
柳町 時敏 「運命」の響き
古屋野 素材 ICT革命と文学 愛も殺意もキーボードから—David Lodge,Richard Power,Jhon Updike—
大貫 明仁 切腹をめぐって—アンドレ・マルローと三島由紀夫—
佐藤 正紀 「白抜きの幼児」という恐怖—『ヨーロッパ 生と死の図像学』(馬場恵二・三宅立・吉田正彦編)を読む—
鍛治 哲郎 『自然詩の系譜 二十世紀ドイツ詩の水脈』(神品芳夫編著)を読む
第95号(2005年2月28日)
永藤 靖 メディアとしての迎講—生と死のトポス・当麻等—
伊藤 真紀 デュポン嬢の能—女性による舞踊と能—
内村 和至 <五十音思想>素描—『五十音和解』をめぐって—
柳町 時敏 和泉式部百首を読む—「春」歌を中心に—
合田 正人 「存在の革命」をめぐって—埴谷雄高とレヴィナス—
杉山 利恵子 場所の前置詞句を強めるtout/juste
岩井 憲幸 ТЕБЪかТОБЪか、СЕБЪかСОБЪか —『アルハンゲリスク福音書』1092年の人称代名詞2人称単数および再帰代名詞
第94号(2004年9月30日)
野毛 孝彦 言語メディアと呪力—般若心経を中心として—
内村 和至 荷田春満の仮名序研究をめぐって(下)—国学における反・文献学の系譜—
永藤 靖 <性>と<食>をめぐる神話学—異類婚姻譚を読み直す—
袴田 光康 『源氏物語』における「長恨歌伝」の研究—「桐壺」巻篇 其の
木村 信子 コミュニケーション思想—テクスト・エクリチュール・ジェンダー—
杉山 利恵子 tout+場所を表す前置詞句
大山 るみこ 「読む」文学と「観る」文学—文字テクストはどのように多元モードテクストに「翻訳」されうるか—
岡本 和子 韻と名—ヴァルター・ベンヤミンにおける抒情詩という形式について
藤井 宏尚 『恋愛論』再読(1)—国民性比較という視点から—
第93号(2004年3月26日) 特集号 テオリアとしての旅
無署名 緒言 多様さの蔭に眼を凝らせ
無署名 同行二人─トルストイ作『二人の老人』による—
嶋岡 晨 旅─l'amour infini 「我々は我々の想像に従って人生を生きている」(三木清)—
佐藤 正紀 驢馬の背に揺られて─ゴードン・クレイグの「旅の旅」—
玉井 崇夫 アヴィニョンの羊
内村 和至 チェルシー日記・抄─絵画をめぐって—
永藤 靖 出雲そして海からの声 a une femme comme la mer
神山 彰 「道行」はなぜ近代劇で消滅したのか
富重 与志生 一七八二年夏の影の英国
野村 喜和夫 八戸ローマ急行
陣野 俊史 フットボールの島々─ニューカレドニア・コルシカ・マルティニック—
石井 透 臨界期を過ぎた「大人」のための英語発音指南書─英語音声学研究会(編)『大人の英語発音講座』<HK出版>—
野田 学 翻訳の効用─上岡伸雄著『現代英米小説で英語を学ぼう』(研究社 2003年)—
伊澤 東一 クリスマス・イヴの仏教徒
立野 正裕 フランドル紀行─森のなかの墓地へ—
第92号(2004年1月30日)
永藤 靖 中世の神々の生態学─『神道集』の世界像について─
宮越 勉 志賀直哉の叶わぬ恋の物語─「佐々木の場合」と「冬の往来」─
東條 愛 カリフォルニアの伊藤道郎─道郎とコミュニティ・シアター─
櫻井 泰 『魔の山』─「ヘルメースの物語」─
岩井 憲幸 『スヴャトスラフ文集』1073年に引用された聖句について
杉山 利恵子 《tout+副詞》の意味と制約
Toru Ishii Single Output Syntax and Convert Incorporation
Rumiko Oyama Characterisation Through Dialogue : D.H.Lawrence's Linguistic Attempts to Represent Charctor Relaitionships as Seen in Odour of Chrysanthemums and The Widowing of Mrs Holroyd
土方 和人 戦争を宿命づけられた世代─戦争詩人ウィルフレッド・オーウェンとその時代─ 
第91号(2003年9月30日)
佐藤 正紀 日本の演劇への眼差し─「日本研究」の一様相─
内村 和至 荷田春満の仮名序研究をめぐって(中)─国学における反・文献学の系譜─
永藤 靖 神主と巫女─神仏習合をめぐって─
日向 一雅 「須磨」巻の準拠・典拠についての諸注集成と注解─源氏物語の準拠・典拠についての研究(4)─
袴田 光康 『源氏物語』における「長恨歌伝」の研究─「桐壺」巻篇 其の1(付 金沢文庫本「長恨歌伝」)─
立野 正裕 宮本武蔵と独行道─道の精神史 その1─
杉山 利恵子 《tout+形容詞》の意味と制約
Toru Ishii Adjunct Condition and Empty Operator Movement
塚田 麻里子 誰でもない者へ─T・E・ロレンスにおける「告白」の問題─
M.Gardiner The Postcolonial Coast : Bsaches and Seas in Eliot, MacDinarmid, Woolf, and Cesaire

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