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研究科長あいさつ

目的は「学者」や「専門家」に騙されない術を学ぶこと

政治経済学研究科長 大森 正之



 私が大学院の門をくぐったのは40年ほど前です。当時、大学院進学とは研究者への路を選択することでした。学部卒業前に民間研究所への就職活動を行い、面接時に大学院進学を促され修士修了後の再採用を示唆されたことで、進学を決意しました。大学院のガイダンスでは、社会思想史担当の研究科長より、マックス・ヴェーバーでさえ自分の弟子を自らが奉職する大学に残せなかった。そして、教員職に就くことは「まったくの僥倖」だと言っていた(『職業としての学問』1917)と聞かされました。入学者のほぼ全員が、最初から冷や水を浴びせられました。指導教員は私に「同級の友人が会社で仕事をする時間だけは図書館にいることだな。後は何とかなる(「なんとかする?」)」と元気づけてくれました。
 大学院の多くの学友とは異なり、私は常勤の研究職に就くまで、8年ほど大学院に籍を置きながら、民間企業で働く機会を得ました。つまり本研究科で言う「高度職業人」として、実業の世界で何とか糊口をしのぐことができました。それは、ひとえに1980年代後半のバブル経済のおかげでした。大学院で習得した企業財務や政府統計の分析は、確かに仕事には有益でした。また仕事から多くの実践的な知識を得ました。しかしバブルの破裂を予知できるほどの冷静な現状分析力が、全く身についていないことが図らずも露呈しました。そして「経済学を学ぶ目的は、経済問題への既成の答えを習得することではなく、経済学者に騙されない術を学ぶことだ」と喝破したジョーン・ロビンソン女史の警句を想起しました(Marx, Marshall, and Keynes,1955)。さらに彼女の師であるJ.M.ケインズの講演録『自由放任の終焉』(1926)に思い至りました。彼はそこで、当時の経済学が教え、かつ現実の経済を支配した「自由放任(Laissez-Faire)」の格率が、正統な学問的基礎を全く欠いていることを暴露しました。これから大学院で研究を始める皆さんには、現代の主流とされる学問とそれが支配する現実を、一度は疑ってみる健全な懐疑心を失わないでほしいと思います。
 2008年のリーマン・ショック以降、2011年の東日本大震災と原発事故、2012年の欧州債務危機、そして2020年の英国のEU離脱と新型コロナ・ウィルスの拡散、こうした事態において、多くの社会科学と自然科学の「学者」や「専門家」が馬脚を現わすことになりました。彼らは果たして、大学院時代に自らの師の学問に対して健全な懐疑心を発揮し、また彼らの師はそうした懐疑と真摯に向き合ったのでしょうか。私は自戒の念をこめて、大学院の講義や演習では、院生の懐く学問上の問いを誘発させ、共に考え、答えを模索しながら、そのこと自体を共に楽しめる知的空間が、政治経済学研究科であるように努めたいと思います。ちなみに民俗学者の柳田國男は1947年発表の「現代科学といふこと」と題した論考で、わが国の学問のあり方(「師の主張の単なる継承」)を批判して、「問いによって求むる智恵を得るのが学問」であった本来の姿を取り戻す必要を説きました。
 さて蘊蓄はここまでにして、本音を申し上げましょう。来たれ、政治経済学研究科へ! 
明治大学大学院