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Master of Public Policy, MPP
公共政策のプロフェッショナルを育成するガバナンス研究科
ツツジの花が街角を彩る季節を迎えたが、皆さんはいかがお過ごしだろうか。私はガバナンス研究科で法律科目を中心に担当しているので、今日は、現在最も枢要な個別行政法として運用されている新型インフルエンザ等対策特別措置法(平成24年法律第31号。以下「措置法」という。)を、行政法の観点から俯瞰した場合の特徴を述べたいと思う。また、そのことを通じて、行政法がどのような内容を扱う法律科目であるのかということを公共政策に関心を持つ皆さんに理解してもらう上での一助になれば幸いである。なお、国及び地方公共団体(以下「自治体」という。)による措置法の運用は日々変化を遂げていること、及び本稿における意見は私見であることをお断りしておく。
措置法は、2009年におけるH1N1亜型インフルエンザの流行を踏まえ、対策の実施計画や緊急事態措置等を定めることにより対策の強化を図り、もって国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活等に及ぼす影響が最小となるようにすることを目的とし(1条)、2012年5月11日に公布された。2013年4月の施行以降、措置法の適用例はなかったが、今般、コロナウイルス感染症(以下「コロナ」という。)のまん延のおそれにより、一定期間、コロナを新型インフルエンザ等とみなすための一部改正が行われ、2020年3月14日に施行された。
<コラム1> ここでいう「みなす」とは法令用語であり、擬制する(ある一定の事実(A)があった場合に、別の事実(B)があるものとして扱う)ことを意味している。すなわち、コロナは新型インフルエンザ等とは異なるものであるが、新型インフルエンザ等と同じ扱いをすることとして措置法の仕組みを使うという立法の手法(比喩的に言えばヤドカリが貝殻を借りるイメージ)である。 |
行政法の基本的な考え方からみた措置法の特徴を挙げてみると、次のとおりである。
(1) 宣言の発令など、国民保護法[1]その他の危機管理法制にみられるような緊急時を想定した特例的なルールを定めた行政法規であること。このため一部に私権制限を伴う内容が含まれていること。
<コラム2> 措置法は、感染症予防法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)その他の衛生行政に係る行政法規よりも、緊急対処事態という概念や対策本部の設置等の枠組み等の点において、国民保護法に代表される危機管理法制との類似点が多い行政法規であるということができる。 |
(2) 政府対策本部や都道府県対策本部の設置など、行政法規の中で行政組織法に該当する内容として重要な規範(ルール)を定めていること。
(3) 国と地方の関係においては、自治体が措置法により処理する事務は法定受託事務(自治体の事務の中で、本来は国が果たすべき役割に係る事務)とされていること。なお、措置法上の事務は、法定受託事務の判断基準[2]の中で、「広域にわたり国民に健康被害が生じること等を防止するために行う伝染病のまん延防止や医薬品等の流通の取締りに関する事務」に該当すると考えられる。
要請、指示、及び立入検査など、典型的な侵害行政(国民の権利を制約し義務を課す行政の類型)を含む行政作用法の要素も有していること。侵害行政については、憲法上の原理である国民主権に基づき、法律の根拠を必要とすると考えられている。
<コラム3> これは、法律による行政の原理を構成する重要な考え方であり、侵害留保説と呼ばれ、多くの判例及び学説において採用されている。 |
このため、措置法の運用を巡っては、法律自体は整備されているものの、具体の運用を巡っては、常にその限界の問題(措置法に基づいてどこまで権利制限等を行えるか)という問題を伴っていること。
このように措置法は、感染症の発生という緊急の事態に対処するため、強力な公権力の行使を伴う措置を数多く規定していることから、特徴に富んだ行政法規であると言うことができる。
[1]正式名称は、武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律。
[2]1995年に設置された地方分権推進委員会が示した判断基準。
措置法は、今回の一部改正前から強力な公権力の行使に係る内容を含む行政法規であったが、この度のコロナのまん延に対処するため、全国的に幅広く運用されている。このため運用を巡り幾多の論点を喚起しているが、本稿においては、特徴的な行政法上の論点を3つ採り上げてみよう。
宣言の実施を巡り、関係する知事から、「国が宣言を出してくれれば、法的根拠をもって必要な要請を行うことができる」旨の発言がみられた。このことをより正確にいえば、宣言はどのような法的効果をもたらしているのだろうか。措置法には、24条9項と、45条1項という2つの要請措置が定められている。要請とは、一定の行為について相手方に履行の義務が生じるものではないが、行政機関として好意的な処理を期待する行為である。
24条に基づく場合、宣言がなくても、知事において必要があると認めるときは、公私の団体又は個人に対し、感染症対策の実施に関し必要な協力の要請をすることができる。これは名宛人(行政機関が対象とする相手)を特定せずに、広い集団(例えば「○○業」のレベル)を対象に協力を要請することが想定されている制度である。このような要請は、本年3月14日の法施行後、宣言が出されない状態においても、知事は法的根拠をもって要請を行うことはできたのである。
これに対し、45条に基づく場合、宣言を前提として、特定都道府県知事は、必要があると認めるときは、外出の自粛を要請するとともに、多数者が利用する施設の管理者等に使用の制限若しくは停止又は催物の停止若しくは制限等を要請することができる(同条1、2項)。また、施設管理者等が正当な理由がないのに要請に応じないときは、必要あると認めるときに限り、要請に係る措置を講ずべきことを指示することができる(同条3項)。さらに、特定都道府県知事は、指示をしたときはその旨を公表しなければならない(同条4項)。
すなわち、45条に基づけば、①実際に「要請」を行う際に個別の施設の管理者を特定して行うことが可能であり、②施設の管理者などが応じない場合には、法的な履行義務が生じる「指示」を行うことができ、さらに③指示に罰則はないが、事業者名を公表することによる事実上の影響力を行使することができると考えられている。このように、一般的には、宣言が出された場合には、45条の要請は、対象の特定性があり、段階的措置としてその次には指示が控えているため、相対的に24条の要請よりも強い影響力を持つ措置であると考えられる。したがって、宣言が出されれば、知事は「法的根拠をもって要請することができる」というよりは、「より特定性が高く、かつ、法的義務が生じる指示行為が後見的に付随する要請をすることができる」ということになる。
<コラム4> 2020年4月下旬現在、これらの制度の運用の考え方は、政府対策本部が18条に基づいて定めた基本的対処方針に示されている。当該方針において、まずは45条1項に基づく外出の自粛等について協力の要請を行い、その上で、24 条9項に基づく施設の使用制限の要請を行うこととし、それらの効果を見極めた上で、45 条2項から4項までに基づく施設の使用制限の要請、指示等を行うこととされている 。ただし、これらの対応状況は今後も逐次変化していくことが予想される。 |
損失補償は、適法な公権力の行使により、特定の者に財産上の特別の犠牲が生じる場合に、公平の理念に基づいて、その損失を補てんする制度である。措置法は、検疫所による病院の使用、特定都道府県知事による臨時の医療施設開設のための土地等の使用及び特定物資の収容の場合のみ、損失補償を定めている(62条)。一方、45条2項に基づく興行場等に対する使用・開催の制限等については、経済損失等に対する公的な補償は行わないこととされている。その理由として次のような点が論じられている。①施設の使用制限等の要請は、多数の者が集まる機会をできるだけ少なくすることが感染拡大防止に有効であるため実施するものであり、国民の生命・健康の保護の観点から講じられる措置であること、②感染症の発生初期の1~2週間程度の実施を想定しているなど、その期間は一時的であること、③緊急事態においては、国民の多くがその生活に影響を被り何らかの制約を受けることとなるため、施設の使用制限等は事業活動に内在する社会的制約であると考えられること。
しかしながら、今後、措置法の運用において、休業要請に伴う補償のあり方については、自治体を始めとする関係機関の様々な論議が行われていく可能性がある。
45条に基づく要請や指示は、行政事件訴訟の対象となるだろうか。行政事件訴訟は、違法な行政作用により権利利益を侵害された国民の救済を図るための仕組みである。訴訟の対象となるためには、行政事件訴訟法3条2項が定める「行政庁の処分」に該当するものでなければならない。
<コラム5> 行政事件訴訟の対象となる「行政庁の処分」とは、行政機関が行う行為全てを対象とするわけではない。その範囲については、最高裁が考え方を示しており、「公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているもの」(最判昭和39年10月29日民集18巻8号1809頁)とされている。このような考え方を指して処分性という。なお、当該最高裁判例は、行政法において最もよく参照される判例の一つである。 |
この点について、措置法上の要請(24条及び45条)は、一般的に一定の行為について相手方に好意的な処理を期待するものであり、要請を受けた側は法的に要請事項について履行すべき立場に立たされるものではないため、判例のメルクマールでいけば、原則として直接国民の権利義務に影響するものではないと考えられ訴訟の対象とはなり難いと考えられる。
一方、指示は、一定の行為について方針、基準、手続き等を示して、それを実施させることを意味し、指示を受けた側は、法的に指示事項について履行義務が生じるものである。ただし、下級審判例では、同一の条文における「指示」が具体的な努力義務を内容とするときは処分に該当するが、抽象的な努力義務を内容とするときは処分に該当しないとするものがあり(生活保護法27条に基づく実施機関の指示。秋田地判平成5年4月23日行集44巻4=5号325頁)、具体的な事実認定の基づかなければ処分の該当性を必ずしも一義的に判断することができないという問題がある。
このように措置法における私権制限に対する行政救済の問題は、権利義務の線引きをどの程度行うことができるか、やむを得ない社会的制約(換言すれば国民の受忍の必要性)をどの程度まで考えるか等の問題とも関連し、今後の政府の有権解釈の発展や具体事案の積み重ねを通じた論議が必要となるであろう。
本稿の表題「晴れの日は行政法。」は、気楽に行政法という分野に親しもうという意である。一見とっつきにくい行政法という分野も、多少でも土地勘を養っておけば、現代における行政の動きの枢要部分がわかり易くなる。今、一番話題の措置法という法律が、強力な行政作用法として特徴的なものであり、そのために多くの論点を伴う行政法規であり、緊急時の実践的な運用と併せて、法的な論点の検証も必要とされることを感じ取っていただければ幸いである。
なお、本稿においても幾つか紹介したとおり、法律の学習において判例は不可欠な素材である。また、使い慣れれば情報リソースを拡げられること請け合いなので、公共政策に関心がある読者には、判例の検索に習熟することをお勧めする。
(※ なお、明治大学中央図書館では、 D1-Law.com及びLEX/DBインターネットという我が国を代表する判例データベースを備えている。関心がある人は、私宛に連絡、又は明治大学公共政策大学院の私が担当する秋学期の法律科目に参加し一緒に学習することをお勧めしたい。)