Master of Public Policy, MPP

公共政策のプロフェッショナルを育成する公共政策大学院ガバナンス研究科

【柏木恵兼任講師】特別定額給付金の実態から給付方法とマイナンバーを考える

筆者紹介

本コラムは柏木恵兼任講師が執筆しております。 筆者:柏木兼任講師

ガバナンス研究科兼任講師 柏木恵(一般財団法人キヤノングローバル戦略研究所研究主幹)

  • 担当科目:政策研究VI-H(地方行財政フロンティア)
  • プロフィール:博士(経済学)中央大学。税理士。専門は財政学、地方財政論、公会計、官民連携、英国の医療政策。

コロナ禍の国民生活を守るために、10万円の特別定額給付金が実施された。政府は一刻も早く国民を救済したいという思いから、今回は紙の申請だけでなく、マイナンバーカードによるオンライン申請も実施されたが、多くのトラブルが発生し、世の中は混乱した。

かなり長い間、混乱は続いたが、2020年7月1日までに総世帯数の74.4%まで給付された。2009年の定額給付金よりも相当に速いペースで給付されている。ここまで大事に至らずに山場を越えられたのは、この数か月、過酷な状況を強いられた国、自治体、郵便局、金融機関、IT事業者、事務委託業者の努力によるものだったと言える。

国の給付業務を自治体に委託するのは、その方が効率的に給付できるからであるが、今回の特別定額給付金は、給付を急ぐあまり、政府が自治体の現状を把握しきれないまま、見切り発車してしまった感がある。

なぜ混乱が起きたのか。申請という入り口をオンライン申請と紙の申請の2系統にしたために、給付という出口をひとつにまとめなければならなくなったこと、その上、その申請の1系統は、今までやったことがないマイナンバーカードによるオンライン申請という新しい方法を導入したこと、さらに、その初めての取り組みを実施するシステムが整っておらず、急ごしらえで対応したことである。マイナンバーカード制度を作った時には、広く国民に給付するというマイナンバーカードによるオンライン申請はもともと想定されていなかったので、今回の導入に際し、国民が利用できるように慌ててシステムを整備する事態となった。政府の国民に対する思いは純粋であったし、オンライン申請は機能すると思っていたようだが、オンライン申請は時期尚早だったと言わざるを得ない。

特別定額給付金は、全国一律に給付することが目的で、兵站と同じような迅速性と確実性が求められた。トラブルを避けるためにも、業務で使い慣れているバーコードやQRコードを印字した紙の申告書のみにして、全国で運用を統一するのが最善だったと考えている。

こんなに多くの労力とコストをかけて行った特別定額給付金の取り組みなので、次につなげるためにも、特別定額給付金の実態を概観し、給付方法とマイナンバーについて考えてみる。

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(1)方針変更による準備不足

そもそも平時の日本には、国民にあまねく給付する仕組みがない。事態が起きてから、国も自治体も急ごしらえで給付の仕組みや体制を作り始めるので、どうしても突貫作業になりやすい。ただでさえ、突貫作業で仕組みを作るので、安定した給付を目指した方がよいと思われるが、2020年4月20日の「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」の閣議決定で、先行していた生活支援臨時給付金から特別定額給付金に変更された。生活支援臨時給付金は低所得者への給付だったため、給付対象者を決定する審査が課題であったが、特別定額給付金では、国民へのあまねく給付となった。任務が変わったので、当然ながら給付の仕組みや体制から検討し直すことになった。

また、マイナンバーカードによるオンライン申請が導入されることとなった。オンライン申請の受付開始日は自治体が個別に判断できることになっていたが、国の要請や首長の意向を受け、679団体が5月1日から申請受付を行うと決めた。4月20日の閣議決定から5月1日のオンライン申請までは、わずか10日しか準備期間がなかった。しかし、マイナンバーカード制度自体もマイナンバーカードによるオンライン申請を可能とするマイナポータルのシステム環境も、もとから国民へのあまねく給付を想定して設計されていなかったため、内閣府はマイナポータルの改修を余儀なくされた。内閣府はマイナポータルの入力フォームの作成やデータ処理能力の拡張を4月30日までに行ったが、それを受ける自治体も5月1日の開始までには時間が足りなかった。

(2)マイナンバーカードのオンライン申請の限界

オンライン申請を行うには2つの必須条件があった。①電子証明書とパスワードが設定されたマイナンバーカードと持っていること、②PCとカードリーダーもしくは読み取り機能付きスマートフォンを持っていること。この両方を備えていなければ、オンライン申請ができない。また、マイナンバーカードと電子証明書には有効期限があり、ちょうど電子証明書の有効期限が切れていた国民もいた。そもそもマイナンバーカードの所有者は国民の15%程度にとどまっていたので一部の国民しか利用できなかった。そうしたことから、マイナンバーカードの新規交付や更新の希望者またはパスワード再設定希望者が自治体の窓口に殺到し、問い合わせの電話も殺到した。

マイナポータルのオンライン申請は、もともと申請が殺到することを想定して設計されていないので、内閣府がマイナポータルのデータ処理能力の拡張を行ったが、アクセスが集中して、マイナポータルに繋がらないという状態となり、国民から苦情が殺到した。

オンライン申請は世帯主以外の世帯員でもマイナポータルにログインでき、申請することが可能だった。マイナンバーカードには世帯情報が記載されていないので、マイナポータルのオンライン申請画面で世帯員の情報や口座情報などを手入力しなければならなかったため入力ミスが散見された。オンライン申請は何度でも送信することができたため、国民が何度も重複申請した。添付書類の誤りも多かった。

オンライン申請は申請者による手入力と重複申請により、自治体がミスを引き起こすリスクの宝庫となってしまった。自治体では申請者が入力した世帯情報や口座情報の入力ミス、添付書類の確認、重複申請の確認などの作業を行う時間が必要となった。ある自治体では、オンライン受付開始初日に、申請のあった40,000件のうち一部テストで取り込んだところ、約56%がエラーデータであった。想定していた即時給付は最初から実現不可能となった。

(3)自治体業務は最後の砦

オンライン申請と紙の申請の2系統の申請となり、オンライン申請は手入力でしかも重複申請が可能となってしまったため、自治体では多重給付や給付漏れのリスクが高まってしまった。

多重給付や給付漏れを防ぎ、確実な給付を行うには、情報をひとつにし、正しい世帯情報と口座情報を作成する必要がある。オンライン申請から送られてくる情報と申請書に記載された情報を、自治体にある世帯情報と突合させ、口座情報を取り入れて給付データを作成する。そのために、自治体はシステム改修やシステム構築を行った。システム改修が間に合わなかったり、行わなかったりした自治体は、エクセルやアクセスを活用した。

紙の申請は、手書きを防ぐため、あらかじめ世帯主の住所、氏名、生年月日、世帯員の属性や生年月日などの世帯情報をバーコードやQRコードなどを用いて申請書に印字して送付した。

給付業務は、予算、体制、既存の設備やシステムを効率的に活用し、迅速に確実に実行できるかにかかっているが、自治体はそれぞれ持っているヒト・モノ・カネ・ITシステムが違うので、それぞれの実情に合わせて工夫した。体制については、庁内の人材でチーム編成した自治体や、会計年度任用職員を急遽採用した自治体、委託業者に発注した自治体などさまざまであった。業務の進め方については、多くの自治体がシステム改修に合わせて設定した。3300世帯の北海道池田町では、5月7日に臨時福祉給付金サブシステムの改修が終了し、5月14日から申請書を発送した。オンライン申請は5月1日に開始し、5月21日からオンライン申請分の振り込みを開始し、5月28日から紙申請分の振り込みを開始した。182万世帯の横浜市の場合は、5月12日にオンライン申請の受付を開始、5月18日にシステムが構築完了、5月22日から25日にかけてテストを行い、システムを一部改修しながら稼働し、5月28日から振り込みを開始した。紙の申請については、5月28日から6月4日にかけて申請書を発送し、6月9日から振り込みを開始した。

(4)次に活かすために給付方法とマイナンバーをどう考えるか

給付業務は兵站に似ている。迅速に確実に実行できるかが重要である。今後、定額給付金が望ましいかどうかは別の機会に論ずるとして、今回の経験を踏まえて、より迅速で確実な給付を考える。

次回、マイナンバーカードによるオンライン申請を行う際には、多重給付と給付ミスを避けるために、申請時のオンライン申請画面で申請者に極力情報を入力させないことと重複送信を防止する必要がある。申請者に極力情報を入力させないためには、マイナポータルのオンライン申請画面に、世帯情報が反映されていることが必要になるが、現状ではそれができない。電子証明書とマイナンバー(住民票コード)は絶対に紐づけしないという約束になっているからである。しかし、申請者から送られる情報にコードが入っていないと住民情報と正しく突合できない。そこでいくつかの自治体では苦肉の策として、電子証明書のシリアルナンバーを使って突合した。電子証明書のなかにマイナンバーが記載されていれば、住民情報とマイナンバーで自動的な突合が可能となり、今回のような騒動は起きないだろう。

重複送信が行われた理由のひとつに、送信ボタンを押してすぐに、受付完了メールがこないので、不安に思った国民が何度も送信したという話がある。送信ボタンを押したら、すぐに受付完了メールを送付する仕組みを作ると重複送信が減少するだろう。また、1度だけ送信できる画面とし、誤りがあったら修正画面で修正させるのも重複申請を減らす方法である。

もう少し広げて考えてみたい。今回は、同時期に布製マスクの全戸配布(アベノマスク)も行われた。アベノマスクは日本郵便の全住所配布のシステムを活用した。日本郵便の配布システムを使うのであれば、次回はヤマト運輸や佐川急便、アマゾンのシステムも選択肢に挙げることができるのではないか。このように、日本には、配布に使うことができる個人・世帯情報システムが多数存在する。このようなシステムとの比較による給付方法も含めて、もう一度マイナンバーのあり方や運用方法を検討する必要があるのではないか。