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文学部の歴史

文学部の歴史

明治大学の前身である明治法律学校が誕生したのは、1881年(明治14年)のことでした。その後、同校は、1903年(明治36年)に、専門学校令によって、明治大学と改称され、次いで、1920年(大正9年)には、大学令に基づく私立大学として認可されています。
実は、この間、校名が明治大学と改められて間もない1906年(明治39年)9月に、文学部は一度開設されたことがありました。そこでは、夏目漱石や上田敏などといった当時を代表する著名な文学者たちが授業を担当するなど、非常に魅力的な計画が立てられていたのですが、不幸にして1908年(明治41年)に閉鎖となったことが残念に思われてなりません。
しかし、やがて1931年(昭和6年)になると、文科復活の運動が起こり、その結果として、翌1932年(昭和7年)4月には、文科専門部として再興が認可されることとなりました。そして、さらに20年近くを経た1949年(昭和24年)4月には、それが新制の文学部に改められて現在に至っているという次第です。
こうした文学部100年の歴史の大まかな流れに関しては、次の略年表を参照してください。 

略年表

1905年
(明治38年)
文学研究会を設置し、夏目漱石・上田敏らが授業を始める。
1906年
(明治39年)
文学部創設。しかし、翌々年、学生募集停止。
1931年
(昭和6年)
大学創設50周年を機に、文学部の復活運動が起こる。
1932年
(昭和7年)
年制の「文科専門部」として文学部が復活し、文芸科(昼間)と史学科(夜間)が設置される。山本有三・菊池寛・小林秀雄らが授業を行う。
1938年
(昭和13年)
文芸科が文芸科と演劇映画科(のち廃止)に分かれ、史学科を地理歴史科に改組する。
1944年
(昭和19年)
地理歴史科の学生募集を停止(翌年復活)。戦争が激化し、文芸科在学生が軍需工場へ通年動員される。地理歴史科(夜間)は授業を続ける。
1949年
(昭和24年)
新制大学として文学部が成立する。文学科と史学科(ともに一部=昼間、二部=夜間あり)が設置される。
1950年
(昭和25年)
史学科を史学地理学科と改称する。
2002年
(平成14年)
心理社会学科(臨床心理学コース・臨床社会学コース)が設置される。
2004年
(平成16年)
二部の学生募集を停止する。文学科に文芸メディア専攻が設置される。
2005年
(平成17年)
独文学専攻をドイツ文学専攻、仏文学専攻をフランス文学専攻、東洋史学専攻をアジア史専攻と改称する。
2011年
(平成23年)
心理社会学科が専攻制(臨床心理学専攻・現代社会学専攻)となる。
専攻毎に学生募集を行うようになる。
2018年
(平成30年)
心理社会学科に哲学専攻が設置される。