Master of Public Policy, MPP

公共政策のプロフェッショナルを育成するガバナンス研究科

【岡部卓専任教授】安心して暮らせる社会

本コラムは明治大学公共政策大学院に所属する岡部卓専任教授が執筆しております。 筆者:岡部卓教授

新型コロナウイルス感染で被害に遭われた方々に心よりお見舞いとお悔やみを申し上げます。また医療従事者をはじめ支援に当たられている方々に感謝と御礼を申し上げます。そしてこの困難が一刻も早く終息することを切に願っています。

さて、前回、小林先生が「危機状況下で考えること:『現場の使命感』と『日本の美徳』で現場崩壊を回避できますか」という表題で述べて下さいました。

そこで、小林先生からバトンを受け、小稿では社会保障・社会福祉制度を専門とする研究者の視点から、現下の状況をどのようにとらえ、「安心して暮らせる社会」をどう考えていったらよいか、について述べたいと思います。

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1 リスクと政策

私たちはいろいろなリスク(危険)に囲まれて生活しています。そのため、私たちは一定の割合で起こる、また想定されるリスクに対して準備を行います。いわば、平時に有時の備え、ということになります。このリスクヘの対処は、通常、個人を家族が支え、地域が支え、職場が支えるなどのコミュニティが行い、それら個人やコミュニティを国家が支えるという重層的な仕組みとなっています。しかしながら、こんにち、社会の諸変化によりコミュニティの機能が弱まっています。そのため社会のなかで安全と安心をもち暮らせる社会の共同性をどう構築するかが課題となっています。

この社会の共同性を実現するために行われる政府の政策を公共政策といってよいと考えます。それは大きくは、治安や司法など社会秩序の維持を目的とする政策(秩序政策)、経済の安定と発展を目的とする政策(経済政策)、社会生活の安定と向上を目的とする政策(社会政策)の三つに分かれます。それは、主として規制と給付を通して行われます。これら三つの政策は相互に関連しまた機能していくことにより、さらには、個人、家族、地域、企業、非営利団体、政府などが連携・協働し人びとの安全と安心をもって生活することが可能になります。このことは、平時の暮らしは当然のことながら有時においても緊密に連携を図り対策が講じられることを意味しています。

さて、私たちは一定の割合で起こる、または想定されるリスクに対応する備えを行いますが、今回の新型コロナウイルスのような未知のリスクにはその用意が十分されているとは必ずしも言えません。私たちは、これからも安全と安心をもって暮らせるかどうか。政府がどのような政策を行うか、またそれとともに市民がどのような考えや行動をとるか、その社会の共同性を問うことになります。

2 リスクと社会保障

先程述べましたように社会政策は、社会生活の安定と向上を目的とする政策と位置づけられています。それは、雇用政策、所得保障政策、保健医療政策、対人サービス政策(狭義の福祉政策)、住宅政策、教育政策などがあり、社会保障はこれら政策にかかわる領域です。

いうまでもなく私たちの生活は、住む場所や働く場所が確保され一定の収入を得られることにより、生活に必要なモノ・サービスを購入し、それを消費することによって生活の維持・向上が図られています。しかしながら、人びとが働き生活する一連の過程のなかでさまざまな生活上のリスクが生起します。たとえば、傷病になった場合は治療が、また、失業、労災、高齢、障がい、死亡となった場合は、収入の減少・喪失によりそれに代わる収入の途が必要となります。さらには、人によっては身体機能の低下による介助支援や子どもの養育の支援など個別の生活支援などが必要になります。このように人びとが直面する生活上のリスクに対し政府が市民の生活の回復・安定・向上を図る制度的仕組みとして社会保障制度があります。日本の制度分類に従えば、社会保障は、社会保険、公的扶助、社会福祉、公衆衛生および医療を<狭義の社会保障>、狭義の社会保障と老人保健、恩給と戦争犠牲者を<広義の社会保障>、そして住宅対策、雇用対策<社会保障関連制度>が市民の生活を守っているといえます。

これら制度は、こんにち、人口高齢化や経済動向、そしてコミュニティ(家族、地域、職場など)の変容などにより制度改革を行っていますが、有時においてはどうでしょうか。この点、近年のリーマンショックや東日本大震災では、経済や雇用、都市環境や自然環境など市民の生活とそれを支える環境に大きな打撃を与えた例が参考となります。そこで、はじめに臨時的・応急的な立て直しを図り、その後に回復・安定・向上に向け政策や取り組みが進められました。

リーマンショックや東日本大震災などの経済のリスク、災害のリスクにおいて平時の制度適用が行われましたが、それら制度では十分救済できず応急的・臨時的な対策を出動することになりました。それは、緊急性を要すること、制度(対象・資格要件、仕組み・内容・水準)限界があったこと、必要(ニード)に見合う社会資源が用意されていなかったこと、制度(人的・組織業務・財政)を支える体制が十分でなかったことなどがあげられます。

私個人としては、リーマンショックにおいては、「職」と「住」を失った失業者や路上生活者、非正規労働者などが多数相談に訪れた日比谷公園の「派遣村」の光景、東日本大震災直後の人的被害や物的損壊、都市環境や自然環境が壊滅的状況にある被災地の光景などを現地で目の当たりにし驚愕と悲しみに暮れたことを昨日のように思い出されます。そこで、経済雇用環境の急速な悪化や自然災害に対して平時の社会保障制度の枠組みでは対応できないことがわかりました。

このことは、一定の割合で起きるなど想定されるリスクに対応はできても有時においては十分対応がされないことが政府で認識され、その後、リーマンショックでは第2のセーフティネットを中心とした制度改革、また東日本大震災においては災害法制やその後の社会保障の改革が進められてきましたが、私個人としては、まだ有事に備えた十分な制度設計、内容、水準にないという認識をもっています。

このように考えるならば、平時のリスクに対して対応する制度と有時のリスクに対して対応する制度の二段構え、またはこれらを含めた諸制度が社会保障制度が置かれるのが理想であると考えます。

3 新型コロナウイルス対策と社会保障

今回の新型コロナウイルスに向けた政策や取り組みはどうでしょうか。また、「生命」を支える、「生活」を支える、「雇用」を支えるなど、人びとが安全と安心をもって暮らせる対策をおこなっていくにはどうしたらよいでしょうか。

現時点では新型コロナウイルスは治療法も治療薬もできていません。そのため感染を防ぐための社会的距離(ソーシャルディスタンス)の方策と感染者に対するリスクの医療措置を対策の中心として行われています。

4月7日に感染者の拡大を受け緊急事態宣言が出され、市民の外出自粛と政府の要請による営業自粛、また医療対策としてPCR検査などの検査と感染者の感染程度により重篤度により、入院、在宅かを決め治療するという医療措置がとられました。また、営業自粛・休業者への休業補償や所得保障が一部給付や貸与で行われようとしています。社会福祉において、福祉施設での入所サービスは通常通りに、保育所やデイサービスなどの通所サービスは縮小、という措置が取られています。しかしながら、休業あるいは休職時の自粛にあわせて休業補償、所得保障、雇用保障などはとられていません。また、「三密」のおそれがある福祉サービスでは入所施設や通所施設の安全性や代替措置が用意されていません。医療リスクに対応する医療従事者をはじめとする支援者によって治療が懸命に行われていますが、医療資源が十分ではなく、またそれにかかわる医療体制も厳しい状況にあります。

そこで、たとえば、所得保障においては、緊急時におけるベーシックインカムに近い高所得者を除くすべての個人に所得を給付する政策、医療従事者をはじめとする緊急時に対応する関係者や社会保障・社会福祉などの支援者やライフラインなど生活に必要な職種に従事している方々に対して賃金の上乗せや労働環境の整備などが考えられてもよいのではないかと考えます。

そこで今回のような事態に対しては次のような観点から検討の必要を述べたいと思います。1点目は、「時間」。緊急時と短期・中長期的は区別し、緊急事態により経済活動や社会活動が自粛という間の休業保障、生活保障、住宅保障など緊急性・即効性をもって制度を広く、手続きを簡素化するなど細かい制限をもうけず保障していく方針のもと政策を打ち出すことが必要であるのではないか。2点目は、「空間」。緊急事態宣言においては感染リスクの高い大都市を中心に自粛要請がされていますが、人口移動を考えるならば地理的範囲に限定せず全国に自粛要請を行う必要があるのではないか。3点目は、「関係性」。家族関係、学校関係、職場関係、地域関係など人びとの社会生活は人との関係性で成り立っています。関係性をとりながらどの程度自粛すべきかについて考える必要があるのではないか。限られた空間での関係性においては関係性の悪化を招くことがあります(例:虐待、DVなど)。4点目は、「情報」。政府による感染に関わる適切な情報とそれに基づく市民の行動指針を出す必要があるのではないか。このことが冷静に判断する個人、家族、地域、企業等の的確な判断と行動につながります。また、情報提供とともにどれくらいの状態になればどのような判断(政策)が下されるのかそのメルクマールとロードマップ(行程表)を示していただければ見通しがたてられます。

新型コロナウイルスのような健康リスクは、経済リスクや災害リスクなどとは違った側面がありますが、私たちは、伝染性疾患も含めて有事のリスクを克服してきた歴史を持っています。医療保障を中心に雇用、住宅、所得、対人サービス、教育など市民の経済生活、社会生活に即した総合対策を迅速に即効性をもって行うことが、今後の展望となり、そのためには、今は、それぞれの立場で、何を行えばよいのか、また今後どのような行動をとったらよいのかなどが「安心して暮らせる社会」へとつながっていくと信じています。