Master of Public Policy, MPP

公共政策のプロフェッショナルを育成するガバナンス研究科

【小林良樹特任教授】専門家と政治の関係は如何にあるべきか? ~ インテリジェンス研究の視点から

本コラムは明治大学公共政策大学院に所属する小林良樹特任教授が執筆しております。 筆者:小林良樹教授

今般の新型コロナウイルス感染症の問題をめぐっては、様々な専門家の方々が活躍されています。こうした中で、政策決定のプロセスの中で専門家が果たすべき役割、専門家と政治の関係性等が注目されることがあります。テレビのワイドショー等においても「その政策判断は専門家からみてどうなのか」、「専門家の立場でそこまで(政治的な判断に)踏み込んでよいのか」云々のコメントがされることもあります。

筆者の専門は安全保障論の中のインテリジェンス研究です。実は、インテリジェンス研究の中で、「専門家(インテリジェンス機関)と政治の関係」は重要な研究テーマの一つです。本稿では、インテリジェンス研究の中で語られている「専門家と政治の関係の在り方」に関する議論を簡単に紹介したいと思います。安全保障研究の知見の全てが現在の新型コロナウイルス感染症問題に対して応用可能な訳ではありませんが、何らかの参考にして頂ければ幸いです。

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1.インテリジェンスとは ~ 安全保障に関する意思決定を支援するシステム

「インテリジェンス(Intelligence)」とは、一般には「知性」などを意味します。一方、安全保障研究の分野における「インテリジェンス」とは、「国の最高指導者(例えば総理大臣や大統領)が安全保障に関わる判断を行う際に、そうした判断を支援するために必要な情勢評価等を提供するシステム」などと解されます。したがって、インテリジェンス研究とは、そうしたシステムの適切な在り方を研究する学問です。

少々分かりづらいので、別の例えで説明します。安全保障とは直接の関係はありませんが、天気予報にもインテリジェンスに似た機能があります。多くの人は毎朝、「傘を持って出勤しようか」、「洗濯をしようか」等の判断するために天気予報を見ると思います。この際、気温、気圧、風力などの気象データ、すなわち「素材情報」を示されただけでは、「傘や洗濯の問題」について適切な判断を下すことは困難です。そこで、気象予報士等の専門家が気象データ(素材情報)に基づいて分析を行い、降水確率という「情勢評価」を視聴者に示してくれます。視聴者、すなわち専門家ではない一般人でも、こうした「素材情報を加工して生産された、判断に役立つ情勢評価(=降水確率)」を提供されることによって、「傘や洗濯の問題」について適切な判断を行うことが可能になります。

国家の安全保障に関しても、最高指導者は、素材情報だけに基づいて適切な判断を行うことは非常に困難です。適切な判断を行なうためには、先の例の天気予報に当たるような「判断を支援する情勢評価」を提供する支援システム、すなわちインテリジェンスの支援が不可欠と考えられます。

以下では、より具体的に意思決定のプロセスとインテリジェンスの役割を概観します。

2.意思決定の3ステップ:「情勢評価」、「政策立案」、「政策決定(決断)」

安全保障に関わる国家の意思決定のプロセスには、「情勢評価」、「政策立案」、「政策決定」の3ステップがあると考えられています(※下図参照)。

意思決定の3ステップ:情勢評価、政策立案、政策決定

例えば「近隣の某国が核実験を実施した可能性がある」との速報が国の最高指導者に届いたとします。政府としてどのような対応をすべきか、この速報ニュースだけで判断することは困難です。適切な判断を行うためにはまず、「実際には何が起こったのか」(事実確認)、「なぜそのようなことが起こったのか」(背景分析)、「今後どのようなことが起こると考えられるか」(将来予測)などに関する情勢評価が必要です。加えて、こうした情勢評価を基に、自国が取るべきいくつかの政策オプション(例えば、軍事的な報復、外交的な対話、静観等)とそれぞれの政策オプションのメリット・デメリットの検討が示されること、すなわち政策立案が必要です。こうしたプロセスを経て初めて、最高指導者は適切な決断(政策決定)を行うことが可能となります。

このような一連の意思決定プロセスの中の1番目のステップ、すなわち、「政策立案部門による政策立案」や「政策決定者の判断」を支援する「情勢評価等を提供するシステム」を担うのがインテリジェンス部門です。一般に、各国にはこうした業務を担う様々な組織のグループ(インテリジェンス・コミュニティ—)があります。日本の場合には、内閣官房の内閣情報調査室を始め、防衛省、外務省、警察庁、公安調査庁がこうしたグループの主要なメンバーとなっています。他国の例を見ると、米国のCIA、イギリスのSIS(いわゆるMI6)等がこうした業務に携わっています。他方、2番目のステップ、すなわち情勢評価に基づく政策立案を行う業務(政策立案部門)は、内閣官房の国家安全保障局などが担っています。

一般に、政府の中でインテリジェンス部門や政策立案部門の業務に携わる職員は、いずれもそれぞれの担当業務の専門家と考えられます。他方、政策決定者は、民主国家においては、民主的な手続きで選ばれた政治指導者(大統領、総理大臣等)であるのが一般的です。

3.インテリジェンスの客観性の確保 ~ 政策とインテリジェンスの分離

インテリジェンスの客観性が確保されていることは、インテリジェンスがその機能を有効に果たすために、非常に重要なことです。客観性が確保されていない場合、すなわちインテリジェンスが歪曲されている場合には、政策決定者が誤った判断を行ってしまう可能性が高くなります。例えば戦時において、客観的には負ける可能性が高いにもかかわらず、「勝つ可能性が高い」と歪曲された内容の情勢評価が政策決定者に届けられるような場合です。

インテリジェンスの歪曲が発生する背景要因は様々です。例えば、インテリジェンス部門が「政策部門を欺いて政策を誘導したい」あるいは「政策決定者の意に沿わないであろう情勢評価を報告して不興を買うのは嫌だ」等の意図で情勢評価を歪曲する場合があります(インテリジェンス側主導の歪曲)。他方、政策部門側が、自身の好みの政策を正当化するような情勢評価を行うようにインテリジェンス側に圧力を掛ける場合もあります(政策側主導の歪曲)。米国においては、ベトナム戦争時やイラク戦争(2003年)の際に実際にインテリジェンスの歪曲が発生していたとみられます。

 

このような事態を避けてインテリジェンスの客観性を維持するため、学術上は、インテリジェンス部門と政策部門(政策決定者、政策立案部門)は、組織的にも機能的にも分離されるべきとされます。すなわち、情勢評価を担当するインテリジェンス部門は政策立案や政策判断に関与するべきではないと考えられます。なぜならば、政策立案や政策決定に関与すると、どうしても特定に政策に対する嗜好(好き嫌い)が生まれてしまい、情勢評価の客観性が損なわれてしまう可能性があるからです。実際に、日本を始め米英等主要国のインテリジェンス機関は政策立案担当機関とは別の組織になっており、原則として政策決定には関与しない仕組みになっています。

実際の業務の場面においても、インテリジェンス部門は政策部門に対して情勢評価を示すにとどまり、政策の可否(どの政策オプションをとるべきか)に関する見解を示すべきでないと考えられます。同時に、政策部門も、インテリジェンス担当者に対しては客観的な情勢評価を求めるにとどめ、更に政策の可否に関する見解を求めることは慎むべきと考えられます。

4.インテリジェンス(情勢評価の専門家)は何に関して責任を負うのか?

では、こうした政策決定のプロセスにおいて、インテリジェンス部門と政策決定者はそれぞれどのような責任を負うのでしょうか。こうした点は必ずしも法令に明記されていることではありません。あくまで学術上の理念として言うと、インテリジェンス部門(情勢評価の専門家)は「情勢評価を実施した時点において、客観的にみて最善の情勢評価を政策部門に提供すること」に関してのみ責任を負うと考えられます。これに対し、政策決定者は「政策決定とその結果に対して全ての責任を負う」と考えられます。以下ではこの点に関して若干詳しく説明します。

第一に、「インテリジェンス部門は『100%の真実解明』の責任を負うものではない」と解されます。インテリジェンス部門の責務はあくまで、「その時点において客観的にみて最善の情勢評価」を提供することです。現実問題として、いかに専門家とは言え、担当業務に関して100%の真実解明を行うことはほぼ不可能です。例えば、米国のCIA等が作成した情勢評価の公開文書を見ても、「◎◎の可能性は約〇〇%」等の結論が記されていることは珍しくありません。同時に、政策部門側も、如何に優れたインテリジェンス部門(専門家)であっても「100%の真実解明」は期待できないことを理解するべきと考えられます。

なお、一般に、「政策決定は然るべき根拠に基づくものであるべし」とされます(いわゆる「エビデンスに基づく政策決定」等とも言われます)。しかし、これは必ずしも「政策決定の前提となる情勢評価の見通し等が100%明確に保証されていなければならない」ということを意味する訳ではありません。実際、安全保障の現場においては、その時点における情勢評価の確度が50-60%程度でしかない段階で、政策決定者の判断が行われなければならない場合は少なくありません(下記5.の事例参照)。

第二に、「インテリジェンス部門は『政策決定とその結果』に対する責任は負わない」と考えられます。例えば、戦争に敗北した場合、「開戦の決断」及び「その結果としての敗戦」に対して責任を負うのは政策決定者であり、インテリジェンス部門は(客観的に見て最善の情勢評価を政策側に提供していたのであれば)開戦の決断や敗戦に対して特段の責任を負うものではないと解されます。

この前提として、「ある一つの情勢評価に対して、常に唯一の『正しい』政策決定が存在する訳ではない」ということがあります。逆に言えば、同一の情勢評価に対しても、政策決定者の持つ価値観や理念の違いに応じて様々な異なる決断(政策決定)が有り得るということです。例えば、「戦争に勝てる可能性は30%」との情勢評価に対し、「人命確保が最優先」との価値観に基づき「開戦見送り」と決断する政策決定者もいる一方で、「降伏する位なら全滅の方がまし」との価値観に基づき開戦を決断する政策決定者もいるでしょう。他方、「勝てる可能性70%」との情勢評価に対し、「領土拡大が最優先」との価値観に基づき開戦を決断する政策決定者いる一方で、「人道上の見地から戦争は可能な限り避けるべき」との価値観に基づき(たとえ軍事的勝機があっても)開戦見送りを決断する政策決定者もいるでしょう。一般に、俎上に上がっている(比較考量すべき)利害要素等が多ければ多いほど、決定の振れ幅も大きくなると考えられます。

このように、実際の安全保障上の政策決定は、情勢評価のみならず、政策決定者の持つ価値観や理念に基づく部分が大きいものです。他方で、インテリジェンス部門は、価値観や理念の部分には関与していません(「政策とインテリジェンスの分離」)。したがって、インテリジェンス部門は、「最善の情勢評価の提供」という責任を超えて、「決定」及び「決定がもたらした結果」に対する責任までも問われるものではないと考えられます。

こうした見方は、前記の「政策とインテリジェンスの分離」、すなわち「情勢評価を担当するインテリジェンス部門は政策立案や政策判断に関与するべきではない」との考え方と通底するものです。すなわち、「関与しない」ということと「責任を負われない」ことは表裏一体の関係にあるとも言えます。さらに、前記のとおり(3.)、インテリジェンス部門が政策に関与しないのは、インテリジェンスの客観性の確保のためです。したがって、インテリジェンス部門が「政策決定とその結果」に対しては責任を負わないことと、「情勢評価の客観性の確保」に対して責任を負うということは、やはり表裏一体の関係にあると言えます。

5.結びに代えて ~ オサマ・ビン・ラディン掃討作戦(2011年5月)の事例

最後に歴史上、実際に行われた安全保障に関する高度な意思決定の事例を紹介して本稿の締めくくりとしたいと思います。2011年5月2日、イスラム過激派テロ組織であるアルカイダの創始者・オサマ・ビン・ラディンはパキスタンに潜伏中のところ、米軍特殊部隊の急襲により掃討されました。同作戦の実施決定に至る経緯に関し、当時のオバマ大統領は後の報道インタビューにおいて次のとおり説明しています。

  • 「2010年の夏頃、インテリジェンス部門(パネッタCIA長官)から『パキスタンにビン・ラディンの隠れ家らしい場所があることを発見した』との報告が届けられた。その後CIAは本当にビン・ラディンが居るのか否かの確認作業を続けたが、最終的には『五分五分』程度までしか分からなかった。」
  • 「こうした情勢評価に基づき、関係閣僚(バイデン副大統領、クリントン国務長官、ゲーツ国防長官)等と共に採るべき政策オプションについて協議した。示された政策オプションは、①特殊部隊による急襲作戦を実施する、②急襲作戦は行わず空爆のみ実施する、③インテリジェンス(情勢評価)の確度があがるまで当面は静観する、であり、それぞれのメリット・デメリットが話し合われた。」
  • 「閣僚間の議論では結論は出なかった。各閣僚が異なった視点に立っているので、合意が形成されないのは当然であると思う。最後は自分(大統領)が引き取り、一晩一人で考えた後に急襲作戦実行のオプションを選択する決断をした。」
  • 多少脚色がなされている可能性は否定できませんが、「情勢評価、政策立案、政策決定の3ステップの状況」、「3つのステップのそれぞれを担うアクターの任務と関係性」の状況が分かりやすく示されている事例ではないでしょうか。

    なお、本事例では急襲作戦が成功したので特に問題とはなっていませんが、もしも失敗していた場合(例えば、その場所にビン・ラディンはいなかった場合、急襲作戦の過程で米軍側に大きな損害が生じた場合等)、誰が責任を負うべきだったのでしょうか。あくまで仮定の話ではありますが、本稿で説明したインテリジェンス研究の視点に基づけば、判断を下したオバマ大統領が責任を負うべきと考えられます。(ただし、歴史上の類似の事例の中には、そうした学術理論上の考え方に沿った顛末にはならならなかった事例もあります。)

<参考文献等>
拙著『インテリジェンスの基礎理論 第二版』(立花書房、2014年) ‘President Obama Bin Laden raid is 'most important single day of my presidency,’ NBC Rock Center with Brian Williams, May 2, 2012.