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教養デザイン ブック・レビュー

佐原 徹哉著『極右インターナショナリズムの時代 世界右傾化の正体』有志舎(2025年)

紹介者:薩摩 秀登(教養デザイン研究科教員・経営学部教授)

 世界の「右傾化」は、もはや押しとどめることができないらしい。移民排斥を掲げる「先進国」の右派、宗教を旗印にした「原理主義」、自国ファーストを連呼する大統領、「ホロコーストの芽を摘む」と称して際限なき残虐行為におよぶ首相、帝政時代の夢を追う大統領、果てはインバウンド観光客の大群に恐れをなして「文化と伝統を守れ」と騒ぎたてる政治家たち… この方面が専門ではない筆者でさえ、すぐにいくつも思い浮かぶ。
 しかし腑に落ちないことがある。これらの動きは、一見それぞれ違う方向を向いているようだが、どこか連携しているように見えるのはなぜなのか。個別に検討するだけでは見えてこない数々の「右傾化」相互の関係に迫り、その複雑怪奇なつながりを解き明かしていくのが本書である。著者の専門はバルカン史なのでこの地域を主軸とした展開になっているが、「バルカンは国際的な極右ネットワークが幾重にも重なりあう場所である」という説明はすぐに納得がいく。現在出現している多様な「右傾化」の背景には、西欧中心に作り出された世界秩序がもたらしたひずみという根本問題があり、ヨーロッパと非ヨーロッパが激しくせめぎ合うバルカンにはそれが特に集中して現れるのである。
 第一章でとりあげられるカウンター・ジハード主義は、一般のムスリムや、ムスリムに親近感を持つ人たちが攻撃対象であり、アルカイダなどいわゆる「ジハード主義組織」に対抗するものではない。突きつめれば、「キリスト教的・文明的ヨーロッパ」を「野蛮なイスラム」の侵略から守るという空想であり、自らを中世の十字軍兵士になぞらえたりする。著者はセルビアの極右団体を例に、こうしたイデオロギーが定着し、しかも西欧やアメリカの右派勢力とも連帯しつつ拡大していく過程を明らかにしていく。
さらに著者によれば、多様性、人権擁護、寛容を主張する欧州リベラリズムも一部で「反イスラム」を掲げているという。リベラリズムの基盤にある進歩的価値観もまた、「ヨーロッパの伝統」なるものと結びつけば、容易に排外主義へと転化していくのである。
 第二章ではジハード主義が対象となる。ジハードが、本来の意味を完全に逸脱して、非ムスリムに対する無差別攻撃を意味するようになる過程が示された後、ボスニアを足掛かりにジハード主義が拡大していく経緯が語られる。旧ユーゴ紛争の際にボスニアを支援したトルコにもジハード主義が浸透し、これがトルコのイスラム主義への傾斜を促しているという。そして著者は、ジハード主義とカウンター・ジハード主義は、一見正反対でありながら、ともにカルト思想的であり、リベラリズムを否定する点で実は相似形をなしていると指摘する。
 第三章では、「白人が絶滅の脅威にさらされている」という「白人ジェノサイド論」が中心に扱われる。第二次大戦後のフランスでは、左翼の理論をとりいれつつ、アメリカ中心のグローバリズムを批判して伝統擁護を掲げ、自国文化の防衛を訴える極右思想が唱えられた。これが新大陸を含めた各地で人種主義的に読み替えられた結果、強烈な排外主義が生み出され、凄惨な無差別テロ事件も続いた。こうした思想は主流派の保守勢力にも浸透し、政権の中枢にも食い込んでいるという。人種という言葉はいくらでも恣意的解釈が可能であるがゆえに、この白人至上主義は様々な差別・攻撃を正当化する論拠になるのである。
 第四章ではまず、1989年の体制変動以降、新自由主義以外の選択肢を持たなかったブルガリアにおいて汚職が蔓延してモラルの崩壊が起こり、破綻国家とまで呼ばれる状況に陥った過程が示される。民主主義への絶望は反グローバル・反リベラルの主張を活気づけ、さらに伝統的民族史観が加わって極右を勢いづかせた。そこには西欧の極右の影響も見て取れる。移民の増加が極右勢力を台頭させたというのは、極めて浅薄な理解なのである。
 第五章では、2015年夏に生じた「難民危機」が中心に扱われ、西アジアやアフリカから押し寄せた難民に対するヨーロッパ側の対応がいかに独善的であったかが数々の事例を通して語られる。そして欧米の先進国が選択的に移民を受け入れた結果、ごく一部のエリートによるグローバル・ネットワークが形成され、これに対する反発もまた極右の台頭を促していることが指摘される。
 世界各地の極右勢力はグローバル化に反対し、その原動力とみなされた新自由主義と多文化主義を敵視し、さらにその背景となるリベラリズムを攻撃する。しかし実はリベラルを自称する勢力も、人種主義にもとづく排外政策をとる点で右派と同一線上にある。この円環から抜け出すのが至難の業であることは確かだが、本書が明らかにしたこの現状を踏まえて国際情勢を見つめなおすことが新たな出発点になるのは間違いなさそうである。

著者プロフィール

氏名:佐原   徹哉
所属(研究科コース):教養デザイン研究科「平和・環境」領域研究コース
職格:教授
研究分野:東欧史、中東史、比較紛争学
研究テーマ:テロリズム
学位:博士(文学)
主な著書・論文:
『ボスニア内戦』(ちくま学芸文庫・2025年)
『イスラームからつなぐ7紛争地域における信頼のゆくえ』(東京大学出版会・2025年)
『The Longue Durée of Paramilitarism: Balkan and Global Perspectives』(Peter Lang・2025年)
『バルカン史、上下』(山川出版社・2024年)
※内容やプロフィール等は公開当時のものです
明治大学大学院