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教養デザイン ブック・レビュー

丸川 哲史・倉石 信乃 編『野生の教養Ⅲ 旅する教養/芸術の旅』法政大学出版局(2026)

紹介者:浅間 哲平(商学部専任准教授)

 本シリーズは、制度に抗する「野生」と予測不能な「カオス」を称揚し、旧来の「教養」を複数の視点から批判する書物として好評を博してきました。第III巻は、「旅」と「芸術」を切り口に、未知との出会いが私たちをどのように変容させるのかを問い直すものとなっています。教養は、カルチャーを享受しなんらかの安寧をもたらすためではなく、混沌とした世界へ旅立ちそれを新たに探る術(アート)としてある。少なくとも私はそうあってほしいと思っています。
 たしかに本書の跋文に述べられているように、旅や芸術、そして教養自体がある種の「特権」になってしまっている現状から目をそらすことはできません。私も、語学教員でありながら、学生たちに留学を勧めるときにためらいを感じてしまっています。ここ数年、特にむずかしい状況が続いているのです。
 しかしそれでもなお、この本を皆さんに手にとってもらいたい。ぱらぱらとページをめくってみてほしい。本書の特徴はまず、詩、エッセイ、漫画、回想など、多様な形式でいくつもの旅の出発点が用意されていることです。明治大学教養デザイン研究科と理工学研究科建築・都市学専攻総合芸術系に所属する教員12名の執筆者がそれぞれの方法で世界の見方を提供してくれるのです。
 全体を見渡すと、一貫した姿勢も見てとれます。それは、平戸(山本)やマルタ(清岡)、マンハッタン(石山)や沖縄(岩野)、ヤップ(丸川)や尾道(ハラルミ)といった島々や木津、宇治、加茂、桂(倉石)や揖斐、利根、吾妻、シューパロ、球磨、美和、渡良瀬といった河川(菅(+川瀬+林+結城+松田+姜))、つまり、地と水の接合地が語りの中心になっていることです。私たちは旅というとどうしても旅行や観光をイメージしがちですが、島や川がイメージさせるここからあそこへの移動こそが旅のひとつのあり方だと本書は語っています。乗物にのって物見遊山をするだけが旅なのではなく、日常から離れそこに行くという行為そのものが異なる体験をもたらすのだと言わんとしているのです。
 旅という現象の現代的広がりを見すえ、それを災害時の歩行(鞍田)やプリミティヴへの遡行(中村)、政治的亡命(田中)といった今日的話題につなげて紹介する態度も顕著です。これらは果たして旅なのか、といぶかる向きもあるでしょう。そのような疑問をもつ方には、人類学者レヴィ゠ストロースの名著『悲しき熱帯』に読まれる反旅行的側面(佐久間)が参考になります。
 『悲しき熱帯』は、フランスからアメリカへの渡航、南米における移動調査、そして南アジアでの滞在というように「旅をめぐる書物」であることに疑いはない。しかし、この本は「旅を徹底的に否認している」というのです。レヴィ=ストロースの「旅というのは偽り」であるということばは、旅をする私たち(と旅を勧める私)に自省をうながし、改めて旅とはなにかを考えさせる契機となるものです。
 本シリーズのキー概念となっている「野生sauvage」の発想源は、同じレヴィ゠ストロースの著作『野生の思考』にあると第I巻ですでに宣言されていました。この「野生」という発想には、大学や制度における「教養」をぐらぐらとさせるなにかを含んでいます。第III巻を通読し、それぞれの旅を追体験してみると、そのような不安を感じることになるでしょう。しかし、その不安こそが本シリーズの魅力なのだと思います。

目次紹介

目次
序文 月日は百代の過客にして【丸川哲史】
 
蘆刈、対岸から 【倉石信乃】
旅する十字架──長崎とサンタフェをむすぶ線 【山本洋平】
ダムについて 【管啓次郎(+川瀬慈+林真+結城正美+松田法子+姜信子)】
 
はちみつ色を探して──「地中海のへそ」をウーバーで行く 【清岡智比古】
ヤップ島奇譚──記憶は漂い続けている 【丸川哲史】
モナ・リザをスルーする 【中村和恵】
九月一一日とニューヨークへの旅──問うべきはなにか 【石山徳子】
 
何もないことと贈与──沖縄に本土が復帰するために 【岩野卓司】
ドント・トラスト・オーヴァー・サーティー 【鞍田崇】
旅する自由の政治人類学──『万物の黎明』とレヴィ゠ストロースの首長論から 【佐久間寛】
亡命という旅が生み出す思想と運動──ゴールドマンとバークマンの場合 【田中ひかる】
 
The Volcano House 【Rumi Hara(山本洋平訳)】
 
跋文 身に積る言葉の罪【倉石信乃】

編者プロフィール

丸川 哲史(マルカワ テツシ)
明治大学大学院教養デザイン研究科・政治経済学部教授。著書:『魯迅出門』(インスクリプト)、『思想課題としての現代中国』(平凡社)、『竹内好』(河出書房新社)、『台湾ナショナリズム』(講談社)。
 
倉石 信乃(クライシ シノ)
明治大学大学院理工学研究科・理工学部教授。著書:『孤島論』(インスクリプト)、『使い』(思潮社)、『スナップショット──写真の輝き』(大修館書店)、『反写真論』(オシリス、河出書房新社)。
※内容やプロフィール等は公開当時のものです。
明治大学大学院