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教養デザイン ブック・レビュー

高遠 弘美著『物語 パリの歴史』講談社現代新書(2020年)

紹介者:佐々木 菜緒(2021年教養デザイン研究科博士後期課程修了・博士(学術)・政治経済学部兼任講師)



 本書は著者自身が1982年以降およそ20回訪れたなかで見たパリ、知ったパリの姿をとおしてパリの歴史を書いたものです。街歩き中の楽しい発見のお話を織りまぜながら、今日のパリという町が持つ空間的な厚み、構造的な魅力を存分に語っています。
 「第一部 パリの歴史を巡る」は、古代パリシー族の集落「ルテチア」を起源とするパリが21世紀にいたるまでどのように変容し、フランス史との関わりのなかでいかなる役割を担ってきたところなのかを書いた一見歴史書ですが、その語りは今のパリを巡ることで見えてくる歴史という視点を基調にしています。たとえばローマ時代の遺跡「ルテチア円形劇場跡」、14世紀のパリを代表するエチエンヌ・マルセルの名前をとった通りや、ジャンヌ・ダルクの彫像、熟語にもなった橋「ポン・ヌフ」、マリー・アントワネットが幽閉されていたタンプル塔、1961年のデモの鎮圧で犠牲になったアルジェリア人を偲ぶサン・ミシェル橋の標示版など、パリに残された歴史の痕跡と著者との出会いの物語が綴られています。物語が進むなかで、過去の出来事と現在の空間が繰り返し結びつけられ、編み物のように深く絡み合いながらパリの歴史が象られていきます。まるで長い旅から帰ってきた人の土産話を聞いているかのように、パリという町に流れる時間や雰囲気について想像が膨らみます。
 「第二部 それぞれのパリ 私のパリ」では、第一部の流れにうまくはまらなかった話題を、主に公園、森、美術館・博物館、墓地、食事処、駅の分類にそって語られています。それぞれの歴史や見どころが紹介されながら、たとえばフランス語で公園を意味する諸単語(ジャルダン、パルク、スクワール、プラス)の違いや、心身癒し処の原義をもつレストランという場について丁寧に説明されており、フランス語の仕組みやパリ文化について理解を深められるものとなっています。
 本書の記述は、フランス文学研究者である著者の豊富な資料や経験に裏打ちされた学識と、いろいろな情報に対して冷静かつ客観的に判断する姿勢に満ちています。著者は出会った街角の風景、人々、名称などの情報を単に伝えるだけではなく、常に自身の経験と考察とともに伝えています。また、パリおよびフランスに関連した本や映画、縁のある人物の紹介がちりばめられており、巻末には主な参考文献が載っていることから、幅広い読者層に向けた読書案内にもなっています。経験できることの限界を知り、自身の経験を飾らずに語ること——これは深い教養を持ち合わせているからこそできるものであると改めて感じました。著者のような研究者になりたいと思う一冊です。

著者プロフィール

氏名:高遠 弘美
所属(研究科コース):教養デザイン研究科「文化」領域研究コース
職格:教授
研究分野
:フランス文学・文化史、日本の古典藝能
研究テーマ:プルースト『失われた時を求めて』及び文楽研究
主な著書・論文
『乳いろの花の庭から』(ふらんす堂・1997年)
『プルースト研究 言葉の森のなかへ』(駿河台出版社・1999年)
『珍説愚説辞典』J・C・カリエール他編(国書刊行会・2003年)
『消え去ったアルベルチーヌ』M・プルースト著(光文社・2008年)
『完訳・Oの物語』P・レアージュ著(学習研究社・2009年)
『完全版・突飛なるものの歴史』ロミ著(平凡社・2010年)
『失われた時を求めて』第一巻、プルースト著(光文社・2010年)(全十四巻予定で刊行中)
『限りなき藝の道 七世竹本住大夫』(講談社・2013年)
『物語 パリの歴史』(講談社現代新書・2020年 )
『プルーストへの扉』F・ピション著(白水社・2021年)


※内容やプロフィール等は公開当時のものです
明治大学大学院