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教養デザイン ブック・レビュー

田中 ひかる(教養デザイン研究科教員)編『アナキズムを読む—〈自由〉を生きるためのブックガイド』皓星社(2021年)

紹介者:山泉 進(明治大学名誉教授・元副学長・元教養デザイン研究科長)



 「希望と解放」の読書案内と謳われているように、抑圧、分断、格差の時代、そして「ポスト・コロナ」の時代を生きるための手引書として編集されている。その目標とするものは、国家や資本、家族や社会的慣習による「支配」から脱却し、水平的で相互的な社会を構想し、「イズム」を超えた豊かな生き方を求めること、しかも「今・ここで」で求めること、それが著者の主張するところである。
 その主張のユニークさは全体の構成に表現されている。序章「今、なぜ、アナキズムなのか」で始まり、第1章は「アナキズムへの招待—自由な生に誘う言葉たち」と題されて、内容としては鶴見俊輔「方法としてのアナキズム」(解説・那須耕介)・戸田三三冬『平和学と歴史学』(田中ひかる)・金子光晴『絶望の精神史』(金子遊)・ルース・キナン『アナキズムの歴史』(田中ひかる)・レベッカ・ソルニット『定本 災害ユートピア』(山本明代)・緒方正人『チッソは私であった』(田中ひかる)・シャーロット・ブロンテ『ジェイン・エア』(山本明代)、加えて〔エッセイ〕「言葉を取り戻す」(永野三智)で構成される。以下、章立てを記せば、第2章「極私的アナキズム入門—もう一つの生き方を探る」、第3章「アナキズムの夜明け—今に息づく思想の原点」、第4章「アナキストの夢とその時代—戦前・戦中期の自由空間」、第5章「戦後世界のアナキズム—その思想と運動の軌跡」、第6章「変革への道—世界と自分を変える方法」、第7章「暮らしの中のアナキズム—生活を変える小さな実践」と続いている。
 採りあげられている著作は59冊、解説者とエッセイ・コラム執筆者は41名、これだけの分量と人を180頁ほどの一冊の書物にまとめあげた編者の苦労は大変なものであったことは、容易に想像がつく。まして、それらの総てを包み込む思考・実践・態度の「大風呂敷」を作り上げたことにはただ頭を下げるほかはない。もちろん、この「大風呂敷」は、見事に一つの概念にまとめ上げられている。つまり、「アナキズムとは「アナーキー(anarchy)」すなわち「支配がない状態」を理想的な人間関係や社会のあり方の一つであると捉え、その状態を作り出すために展開されるさまざまな思考や実践、態度(attitude)を総称したものであり、アナキストとは、それらを実践する人々である」(10頁)と。この場合、「支配」は、「君主」から「父親」にいたるまで、あらゆるもののなかに見いだされるものであり、「支配のない状態」とされるものは多様であり、人によって異なってくる。つまり「人間の内面」にかかわる「個人の選択」としてアナキズムが定義されることになる。
 従来のアナキズムの「叛逆」「破壊」「乱調」「暗殺」「夢」というような非日常的イメージを、日常性のなかから再構築したところに本書の最大の価値がある。

編者プロフィール

氏名:田中 ひかる
所属(研究科コース):教養デザイン研究科「思想」領域研究コース
職格:教授
研究分野:社会思想史、社会運動史、ドイツ近現代史、アナーキズム史、移民史
研究テーマ:国境を越える人々がつくりだす思想と社会運動の研究
学位:博士(社会学)
主な著書・論文:
『社会運動のグローバル・ヒストリー-共鳴する人と思想』(編著・ミネルヴァ書房・2018年)
「ロシア出身のユダヤ系移民女性がアナーキストになった要因に関する考察—移民前のロシアでの経験に焦点を当てて—」『歴史研究』55、2017年、51-79頁。
『ドイツ・アナーキズムの成立—『フライハイト』派とその思想(御茶の水書房・2002年)

※内容やプロフィール等は公開当時のものです
明治大学大学院