スペイン語圏諸国と日本の間には、460年以上にわたる交流史があります。始まりは16世紀半ば、鹿児島に上陸したフランシスコ・ザビエルによるキリスト教の布教活動でした。その後、ローマ教皇との謁見を目的に、九州から天正遣欧使節が派遣されました。使節団はアジアを経由してヨーロッパに入り、途中立ち寄ったスペインで、時の国王にも歓待されたと記録されています。江戸時代には、スペインおよび新大陸のスペイン領との通商交渉のため、田中勝介一行が徳川家康によって派遣されました。田中らは3ヶ月の大航海を経て当時スペイン領であったメキシコに上陸し、太平洋を横断した最初の日本人とも言われています。その3年後、スペインおよびバチカンとの交渉のため、伊達政宗によって慶長遣欧使節が組織されました。支倉常長を大使とするこの使節団は、メキシコを経由してスペインに到着しました。支倉は約7年間にわたりヨーロッパに滞在しましたが、その間に日本国内ではキリスト教の弾圧が始まったため、この通商交渉は実現されることはありませんでした。
明治時代に入るとすぐに、日本は修好通商航海条約を締結することで、正式にスペインとの国交を樹立させました。その20年後には、すでに外交実績のあったメキシコと日墨修好通商航海条約を結びました。この条約を皮切りに、19世紀末以降、日本からメキシコへの移民が始まります。やがて南米のペルー、ブラジルなどへも、多くの日本人が移住しました。地理的には遠い中南米ですが、日系移民が住む地域として、今でも日本とは深い結びつきがあります。
現在では、スペイン語圏諸国と日本との関係はより密接になり、経済や観光、スポーツ、教育、国際協力など多方面に渡ります。例えば、中南米の鉱物資源やエネルギー資源は、同じ環太平洋圏として、日本にとって今後ますます重要性が高まると言われています。また、ザラ(ZARA)やデシグアル(Desigual)といったスペイン語圏のさまざまなファッションブランドは、日本でも高い人気を誇り、若者の服飾文化に大きな影響を与えています。
スペイン語圏諸国は、文化遺産や豊かな自然など、多彩な観光資源を有しており、日本からも多くの観光客が訪れています。特にスペインは世界有数の観光大国で、外国人観光客数では常に世界ランキングの上位を占めています。中でも、世界三大美術館の一つであるプラド美術館(マドリード)、イスラム文化の影響を色濃く残すアルハンブラ宮殿(グラナダ)、コロンブスの墓を収めた大聖堂があるセビーリャは、代表的な観光地です[写真1-3]。中南米もまた、マヤ、アステカ、インカなどの古代遺跡や植民地時代の歴史建造物、雄大な自然といった多くの観光資源に恵まれています。世界遺産に登録されているインカ文化のマチュピチュ遺跡(ペルー)や植民地時代の中心都市であったメキシコ市の歴史地区、また絶景として有名なウユニ塩湖(ボリビア)は、日本人にも人気の高い観光地です[写真4-6]。
今後、多岐にわたる分野で、日本とスペイン語圏諸国との関わりはますます増えていくことでしょう。スペイン語を学ぶことで、スペイン語圏の多様な社会や文化への関心をさらに深めてください!
写真1 プラド美術館(マドリード)
写真2 アルハンブラ宮殿(グラナダ)
写真3 大聖堂(セビーリャ)
写真4 マチュピチュ(ペルー)
写真5 メキシコ市・歴史地区の大聖堂(メキシコ)
写真6 ウユニ塩湖(ボリビア)