商学部の現場
商学部 野田顕彦教授の論文が、経済史分野の国際学術雑誌Asia-Pacific Economic History Review誌に掲載
2024年08月19日
明治大学 商学部事務室
学術誌名
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Asia-Pacific Economic History Review
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DOI
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10.1111/aehr.12297
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論文名
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Measuring the Time-Varying Market Efficiency in the Prewar and Wartime Japanese Stock Market, 1924–1943
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共著者
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平山賢一(東京海上アセットマネジメント チーフストラテジスト)
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論文概要
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2013年のノーベル経済学賞は,金融市場における資産価格は,市場参加者(投資家)が利用可能な情報を常に正確に反映して形成されるか(これを「情報効率的な価格形成」と呼びます),という効率的市場仮説に対して異なる結論を与えた2名の経済学者(Eugene Fama(シカゴ大学教授)およびRobert Shiller(イェール大学教授))を含む3名に与えられました.これだけを聞くと,同じ仮説に対して異なる結論を与えた2人が同時にノーベル経済学賞を受賞したことについて多くの人が違和感を持つと思います.しかし,近年の研究を通じて,当時のノーベル経済学賞選考委員会の判断が間違っていなかったことが示されつつあります.
その契機となったのが,Andrew Lo(マサチューセッツ工科大学教授)によって提唱された適応的市場仮説です.進化生物学的見地から効率的市場仮説を見直した同仮説では,「市場における資産価格は,投資家の行動バイアス,市場の構造変化,外生的な出来事など,市場を取り巻く状況の変化などを反映して形成」されており,市場における価格形成が情報効率的かどうかもまた通時的に変化・進化する,と主張されています.実際,アメリカの金融市場を対象とした多くの先行研究では,(1) 株式市場において様々な情報が価格に織り込まれる速度が時間を通じて上昇しており,(2) 情報インフラや市場制度の発達に伴い,流動性が高まることを通じ株式市場における価格形成機能が向上する,(3) 経済危機,自然災害,疫病の蔓延,戦争などの大災害が金融市場における価格形成に影響を与える,ことが明らかにされています.
他方で,日本の金融市場,とりわけ株式市場における価格データは第2次世界大戦を境に断絶されていることも相まって,株式市場を対象とした適応的市場仮説の検証は発展途上にあります.とりわけ,戦前・戦間期日本の株式市場では,現物取引よりも先物取引(精算取引)が盛んであったなど,現代とは全く異なる様相を呈していたため,連続した超長期時系列を作成することが困難だからです.さらには,精算取引には限月が異なる短期精算取引と長期精算取引が存在していましたが,齊藤(2023)が示しているように,後者については東京株式取引所でのみ売買高が大きかったことや,そもそも取引が成立していない不出来日が多いことから,市場平均株価指数などの価格データの算出に用いるには適切ではありません.
こうした背景を受け,本研究では,戦前・戦間期日本の株式市場における短期精算取引データをもとに,平山(2018)が算出した時価総額加重平均株価指数を用いて戦前・戦間期日本の株式市場における適応的市場仮説の成否について検証を行いました.分析の結果,まず,戦前・戦中期日本の株式市場における情報効率性は,時代や歴史的な大きな出来事によって変化することが明らかになりました.このことは,戦前・戦中期日本の株式市場において適応的市場仮説が支持されることを示唆しています.次に,本研究で観察された情報効率性の変動は,株価指数が時価総額加重平均であるかどうかによって,先行研究とは大きく異なることが分かりました.最後に,1930年代を通じて政府による市場介入が強まるにつれ,戦争リスク・プレミアムが上昇し,特に太平洋戦争が不可避となった時期から情報効率性が大きく低下していたことが明らかになりました.
最後に,科研費・基盤B「日本の金融市場における超長期時系列データの構築と価格形成機能に関する総合的研究(研究課題番号:23H25535,研究代表者:野田顕彦)」では,戦前期から現代にかけて連続した日本の金融市場の価格データを構築し,理論経済学・計量ファイナンス・経済史といった分野横断的な観点から価格形成機能に関する検証を行っています.とりわけ,戦前期から現代に至る日本の金融市場における情報効率性が通時的に変化・進化することに注目し,「市場を取り巻く環境の変化」との関連から時変構造が生じるメカニズムを解明することを目指しています.本研究の成果は,その端緒として重要な学術的意義を持つと考えられます.
なお,掲載論文の全文は,以下のURLで読むことができます(オープンアクセスですので追加的な購読費用は必要ありません.どなたでも無料でお読み頂けます).
掲載論文: https://www.doi.org/10.1111/aehr.12297
※本研究の実施および公刊にあたっては,科学研究費補助金(研究課題番号:23H00838),科学技術振興機構補助金(研究課題番号:JPMJMS2215)および,明治大学オープンアクセス論文掲載料免除事業からの助成を受けました.
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