Go Forward

卒業論文・卒業制作テーマ一覧

卒業論文・卒業制作テーマ一覧

参考までに過去の卒業論文・卒業制作のテーマを紹介します。

2025年度 卒業論文

 『落窪物語』における継母子対立の構造と変容——写実的王朝物語から説話的中世物語へ
異類婚姻譚に登場する異類婚姻児と始祖伝承の関係
「ささやき竹」が示すもの
姫と異界——御伽草子「鉢かづき」の鉢と水から見る異界性
恋の歌徳が与える影響——渋川版御伽草子における恋の和歌と歌徳は結びつくのか
御伽草子における山という異界の変容——中世の時代意識がもたらす山の物語的機能について
御伽草子『一寸法師』における風について
お伽草子における女児の申し子の一考察——男児の申し子との比較を通して
渡辺綱を鬼斬り伝説と「弥三郎婆」の共通点から見る
賀茂真淵の『万葉集』研究
石川雅望論——俗から雅へ、そして俗へ
『椿説弓張月』の構造——貴種流離譚と王権神話
一体化するメディアとテクスト——機関雑誌『花ごろも』と「むさう裏」
「あきらめ」たものと「断念め」たもの——田村俊子「あきらめ」論
岡本一平論——「笑い」と「生命」の文学
室生犀星「色魔ではない」論——作品の構造から読み取る探偵行為の成立と解体
判断基準の提示が読者に与える影響——江戸川乱歩『赤い部屋』と谷崎潤一郎『美食倶楽部』を比較して
憧憬し続ける牧野信一——『西瓜喰ふ人』『鱗雲』『吊籠と月光と』『ゼーロン』『夜の奇蹟』『風媒結婚』『幽霊の出る宮殿』より
横光利一「春は馬車に乗って」論——ケアの限界と夫の受容
さいころが導き出す、物語の展開——川端康成『夜のさいころ』・戌井昭人『ぴんぞろ』
理想という鏡に映し出された人間たち——久生十蘭『キヤラコさん』論
パンドラの匣に「希望」はあるのか——太宰治『パンドラの匣』論
『坂の上の雲』論——司馬遼太郎の歴史への眼差し
高橋たか子『誘惑者』における「死の構造」と「悪」
教科書の中の『青が消える』——定番化の背景
『キッチン』『満月—キッチン2』論
同性愛規範は異性愛規範に縁取られた物語を覆しうるか——金原ひとみ『蛇にピアス』論
自照文学としての『エストニア紀行』
小説家・朝井リョウの一五年——『桐島、部活やめるってよ』から『イン・ザ・メガチャーチ』まで
小山田浩子『庭』論
宇佐見りん『推し、燃ゆ』と〈代補〉の関係性——児玉雨子『##NAME##』との比較を通して
劉慈欣論——場所感覚とノスタルジア
SF作品におけるドッペルゲンガー表象の分析と全体の考察
「過去」を編集する自己のゆくえ——時間跳躍物語における遡行形式とアイデンティティの変容
「行きて帰らぬ」物語構造から見えるもの——小野不由美「十二国記」シリーズ『月の影 影の海』論
映像テクストに対する文字テクストの有意性——中島らも『こどもの一生』を例に
小説「虐殺器官」から映画「虐殺器官」への翻案におけるテーマ性の消失
映画『パプリカ』の成功と抜け落ちた小説『パプリカ』の特質

祭礼における人と神の関係の分析——愛知県豊川市御津町どんきの例から
狐憑きと人間の介入の関係について
3.11後の原子力発電についての世論調査の設計の変遷——NHK・中央調査社・日本原子力文化財団
災害と歌——東日本大震災に関連する楽曲の歌詞分析からみるその社会的役割
再開発とトポフィリア——街の記憶をどのように残すのか
「文字の檻」を超える身体——記号論による四次元言語「手話」の翻訳可能性
J・バトラーの理論内における「セックス」概念の役割について——構築主義と本質主義を超えて
フランシス・ベイコンの肖像画表象の考察——ベイコンにとっての「リアル」と制作に用いられた写真資料群より
「韓流ブーム」はなぜ世代を超えて続くのか
拘束され、解放される身体と衣服——規格化するファッションとほどくファッションから考察する衣服と身体の関係
消費社会におけるキャラクターの役割変容——意味を固定する存在から意味生成に参加する存在へ
「かわいい」危険生物——クマのキャラクター化をめぐって
視覚的アイデンティティの変遷——色彩が担う集団内の役割と意味
『街と光』論

物語という避難所——ムーミンシリーズ初期2作にみる戦争の表象
手塚治虫の一九六〇年代 『どろろ』から考える手塚治虫のみた社会
少女向け漫画雑誌『りぼん』の変遷——2010年から2025年までの連載作品と媒体の分析を通して
「進撃の巨人」におけるカニバリズムの必然性——歴史の継承と構造的搾取のメタファーとして
『進撃の巨人』から見る「自由」について
「鉄道」と「読者」の存在——清家雪子「月に吠えらんねえ」論
野球漫画が部活動の指導現場に及ぼした影響
境界の揺らぎが生む狂気——今敏の『パーフェクトブルー』と『パプリカ』を比較して
遺伝子操作社会のディストピア——機動戦士ガンダムSEEDの世界を通して
庵野秀明作品における山口県宇部市に関する考察
実相寺昭雄の「メタ的視点」とその演出法の変遷——『おかあさん』『ウルトラマン』『ウルトラセブン』『怪奇大作戦』を参考に
物語性を排除した映画 『PERFECT DAYS』の魅力
脚本家・荒井晴彦試論 『Wの悲劇』を中心に
坂元裕二作品における「不可逆性」の再考
女性の生き方の多様化に伴う朝ドラの変遷
テレビドラマ「アンナチュラル」における法医学の物語化
「罪と故郷と家族」で描く再生の物語——『Nのために』、『最愛』、『下剋上球児』を中心に
日本語ラップにおける言語表現と文化的背景
日本女性シンガーソングライターが描く「愛憎」からみる「個」の確立
「はっぴいえんど史観」の制度化——制作環境・録音技術・批評言説がつくる「日本語ロックの起点」
シティポップの何が世界で評価されているのか——YouTube・TikTokを手掛かりに
祈りの受け皿としての音楽——『球体』から見る定型化された祈りの行為について
「性」の商品化——地下アイドルは何を売っているのか
テレビCMにおける女性のジェンダー表象の文化比較——日用品・食品・化粧品広告にみる日米差異
『M-1 グランプリ』における現代漫才の仕組みの分析とその変遷
虚構と現実——乙女ゲームにおける恋愛感情
道徳的なパニック視点から見る日本Eスポーツ産業の正当化の失敗——日本と中国の比較
ゲーム実況の歴史と展望——メディアとしての成立と社会的影響
Homo Sapiens Virtualis——VTuberを「亜種」として考える

2025年度 卒業制作

 沖縄から記者になる——全国メディアで働く沖縄県出身記者の当事者性と役割 *
ここでは事件は起こらない *
誰が私を抱くのか *
亡き父と雨粒に捧ぐ *
踊り場の魚 *
臨光、阿呆川 *
風船館 *

2024年度 卒業論文

 涙と蘇生——御伽草子「浄瑠璃十二段草紙」における浄瑠璃御前の涙について考える
「浄瑠璃物語」における笛の名手・源義経——恋愛において笛が果たす役割
見てはならぬもの——日本神話から「木幡狐」における禁忌まで
「姥皮」型物語と火の関係について
「御曹子島渡」から見る境界としての水——海と川の比較から
異類婚姻譚における男らしさ・女らしさ——「玉水の前」は女なのか
『酒呑童子』における三社と頼光一行の振り分け
御伽草子における「海の冒険物語」
御伽草子における美女の描写
両性具有としての「女装英雄」と暴力性の関係について
『日本永代蔵』論—西鶴が捉える「常の人」
「吉備津の釜」論——鳴釜の神事の解釈をめぐって
森鷗外『青年』の〈方眼図的生活〉
田山花袋『蒲団』における浮気行為の評価の可能性
萩原朔太郎「猫町」——小説への挑戦
夢野久作『少女地獄』論—不安定な少女性の行方
「河童」にみる芥川⿓之介の信仰——「闇中問答」を通して
連続・越境・創出する横光利一——「御身」「笑われた子」「蠅」「蛾はどこにでもゐる」「機械」から
『桜の森の満開の下』と『夜長姫と耳男』の差異から見えてくるもの
鬼の深層——坂口安吾「桜の森の満開の下」を中心に
大江健三郎作品から読み解く“今”を生きる者たちへの問いかけ
『死者の奢り』論 「僕」の聞いた声
村上春樹『ノルウェイの森』における〈音〉
西村賢太論——最後の私小説作家を巡って
偶然を描くということ ——戌井昭人論
又吉直樹「火花」論——凪良ゆう「汝、星のごとく」との比較から
滝口悠生『水平線』論——時間・視点・記憶に着目して
宇佐見りん『くるまの娘』における暴力と家族の役割
イヤミスのミステリにおける位置——イヤミス三大女王から探るイヤミスのジャンル像
異世界転生における男性像の比較——『無職転生~異世界行ったら本気だす~』『乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です』から
ナボコフ『ロリータ』におけるハンバート・ハンバートの自己欺瞞について
大人に向けられた『ピーターパン』の真実——作品の「深み」とは

女子マラソンおよびレスリングの受容と強化の足どり——『読売新聞』を手がかりに
沖縄を巡る新聞報道の比較-辺野古新基地移設問題を中心とした全国紙4紙と『沖縄タイムス』の分析
教員の過重労働をめぐる新聞報道の特徴——『読売新聞』、『朝日新聞』、『毎日新聞』の分析
新聞メディアにおける不登校の扱われ方の変容——「学校恐怖症」・「登校拒否」・「不登校」を中心に
日本社会の 変化と広告コピーの関連性——戦後から現在までの酒類広告を例に
カタログ化される前のファッション誌が提示したファッション——初期『an・an』の分析

「監視文化」に求められる倫理——ライアンの監視論をもとに
子どもの貧困から孤食問題を考える——現代のフードシステムから考察して
平成レトロの解明
野球場の観客動員数に影響を与える要因の分析
戦後史と映画、教科書に見るアメリカでの原爆観の変遷
「オタク」の有する語義の変遷と後継語についての考察──「チー牛」は「オタク」の代わりなのか
英国におけるフーリガンの勃興とその背景——近代化に適合しない人々

『イノセンス』における「犬」「子ども」「老人」の表象と物語構造についての分析
『テルマとルイーズ』における空間論
脚本家 パク・ジウンのラブストーリーの特性——『愛の不時着』『涙の女王』から見る~
日本ドラマの女性同性愛表象——『トランジットガールズ』、『作りたい女と食べたい女』、『チェイサーゲームW パワハラ上司は私の元カノ』の比較
『水曜日のダウンタウン』にみる放送規制と展望
穏やかな原爆の表象──『夕凪の街 桜の国』論
宇多田ヒカルの⼈⽣と作詞——宇多⽥の「⼈間活動」と愛とは
Vaundy の楽曲の歌詞の表現特性——品詞、語彙、登場人物の分析を通じた多面的考察
現代の音楽におけるカウンターカルチャーの可能性——プロテストソングの歴史から考える
個人と社会の相互作用におけるデザイン——Vexed Generation

2024年度 卒業制作

空気の記憶 *
秋桜と泡影 *
最適化 *
喉笛に種を蒔く *
ノン・プレイヤーズ *
マイ・・ユートピア *
救い *
繭の中で眠る *

2023年度 卒業論文

縁の下の力持ちの「縁」——渋川版御伽草子「物くさ太郎」に見る 
御伽草子「梵天国」と昔話〈笛吹聟〉の前後関係性について
『酒呑童子』の洗濯女
『酒呑童子』における四方四季の消滅について
『曽根崎心中』論——「虚実皮膜論」から読み解くその世界
芭蕉の紀行文
小林一茶論——その「滑稽」「諷刺」「慈愛」の背景
「私」の相反する語り——谷崎潤一郎「金色の死」論
〈都市〉に移動してくる貧困労働者の世界——葉山嘉樹「移動する村落」論
「遊歩者」とは——梶井基次郎『檸檬』『泥濘』における検証
「古譚」における声と文字——中島敦「古譚」
「変容」と「受容」の桜——大岡昇平『花影』論
安部公房「箱男」論——令和の「箱男」、かく読まれる
理想像としての精神分裂病者——倉橋由美子『どこにもない場所』とそれ以前の作品との関連性について
並列する世界、都市と虚構とポストモダン——村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』論
村上春樹『海辺のカフカ』論——暴力を隠す構造
村上春樹『かえるくん、東京を救う』論——かえるくんと物語の振動について
赤松利市『隅田川心中』考——〈令和の浅草〉から考える都市文学の上演性
『四畳半神話大系』における宗教性
伊藤計劃作品論——物語としての「意識」と「母」
村田沙耶香作品の二十年——作品テーマの変遷を中心に
「コンビニ人間」とは何か?——作中描写分析からの考察
綿矢りさ『インストール』、宇佐見りん『かか』に描かれる、インターネットにおける嘘の目的について
『ツィゴイネルワイゼン』論——《異界》に鳴り響く骨の音と〈私〉の主体性
J.バトラーの「攪乱」可能性をひらく
文学作品における「かゆみ」の表象について
文章生成AIが文芸に与える影響と可能性

社説から読み解く少年犯罪報道の変遷
新聞メディアは「第二次安倍政権」をどう報じたか?——アベノミクスにおける金融緩和および安保法制・辺野古基地問題
ポスターとテレビCMにおける酒類広告のタレント変遷
日本のファッション写真の変遷——1970年代からポストモダン以後の新たな視点・『流行通信』を中心に
少年マンガが描く理想の女性像から見るジェンダー観——『週刊少年ジャンプ』を事例として

「日本的」英雄像の創出と変容——源義経と「判官贔屓」を中心に
日本人を惹きつける神社の魅力——浮かび上がる人々の内面
省かれた太陽——「影」とのかかわり
『オルレアンのうわさ』と「鮫島事件」——ネット都市伝説と口伝型都市伝説の特性の対比
ファッションにおける流行と“私らしさ”についての考察
スポーツ界におけるジェンダー平等の可能性
スポーツ漫画がアスリートに与える影響——バスケットボール、野球、サッカー

今敏の一貫性——アイデンティティを描く
なぜ「飛行機」の負を描くのか——宮㟢駿のアニメーション作品とサン=テグジュペリの著作の関連に着目して
巡る物語——『ハウルの動く城』が持つ円環性
精神障害から読み取る『新世紀ヱヴァンゲリオン』——混線した人間関係における碇シンジの母体回帰願望を中心に
ディズニープリンセス映画におけるプリンセス像の変化——『白雪姫』(1937)から『ラーヤと龍の王国』(2021)まで
時代を反映するホラー映画の変遷——アメリカの社会問題を中心に

坂元裕二脚本作品における〈くりかえされる言葉〉の効果——『最高の離婚』を中心に
バラエティー番組の表現規制——テレビバラエティーの未来はどうすれば明るくなるのか
ラーメンズの「笑い」に対する評価とその検証
現代のお笑いブームを作り出した『爆笑オンエアバトル』
2.5次元ミュージカルにおけるイデア・エロース・卒業——『ミュージカルテニスの王子様』を中心に
アイドル文化の変容と社会/メディア/フェス——BABYMETALとBiSHを中心に
「推し」の実践とライブ参加の快楽——VRアイドル「えのぐ」のファン分析から
YouTubeの影響力

シティポップ・リバイバルヒットの理由とノスタルジア——YouTubeコメント欄からの考察
藤原基央の歌詞における「肯定」
松本隆の歌詞が表象する心情と近代日本の心情の連続性——「木綿のハンカチーフ」「硝子の少年」「スワンソング」「冬のリヴィエラ」を中心として

2023年度 卒業制作

偽りのエンブレム *
あんず色の夢と白い羽のまどろみ *
スペシャルサンクス *
カマキリは「夢」を見る *
似非ドール *
海月くん *
たこ糸 *
私たち *
青より出でて藍にもなれず *

2022年度 卒業論文

『新蔵人物語』における男装の姫君に込められた願い
御伽草子における四方四季の庭がもたらす役割
民俗学から考察する米——御伽草子を中心に
人の心に住む鬼
良寛作品における「悟り」
秋成の半生と「捨石丸」——登場人物の再考察
『雨月物語』論——怪異の分類とその構成
無個性の〈主人公〉——泉鏡花『春昼』『春昼後刻』考
夏目漱石の『行人』における「他者」の特異性について
夏目漱石『門』論——罪と禅について
「すみだ川」と「濹東奇譚」——交わる二つの物語
視覚理論の変容と谷崎作品
『卍』に見られる、芥川VS谷崎論争にて芥川が谷崎に与えた影響
連続と非連続の「わたし」をさまよう古井由吉論——『木曜日に』を中心とした初期作品論
『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』論——虚構に生きる私たちの〈心〉
中学国語教材としての村上春樹作品
国語科教材としての小川洋子の作品——「ひよこトラック」と「バタフライ和文タイプ事務所」
東野圭吾作品における家族
伊坂幸太郎作品において音楽が果たす役割の考察
奥泉光の物語批判の原点としての『その言葉を』
循環と再生産——村田沙耶香『消滅世界』論
鬼の子小綱の死
日本における『赤毛のアン』の受容
日本におけるムーミンのイメージの変遷(1969年と1990年)——原作小説との比較を通して

探偵小説とインターネット
もうすぐ滅びようとする出版のために——デジタル世代はかく考える
雑誌『婦人公論』にみる「女性像」と「女性たちの声」
中郡暖菜の作る新しいファッション誌の形——『LARME』の研究

見られる女——20世紀前期における百貨店と女性店員の社会的機能について
「第三の消費文化」の再定義とそこから見える現代消費文化の広がり
ユニセックスファッションアイデンティティと自己演出の関係
共働き世帯における夫婦間の相互理解について
「田舎暮らし」を転機とする農村表象の変遷とその考察
日本の戦後ナショナリズムの形成とその未来
犠牲思想としてのフランクルと優生思想の連続性に関する考察
イップス改善における心のあり方
日本の野球界におけるポスティングシステムの変遷と問題点
漫画と小説の違い——白倉由美『おおきくなりません』論
藤子・F・不二雄「ミノタウロスの皿」論——美少女のキャラクターの観点から
『ゴールデンカムイ』におけるホモソーシャルな構造とヒロインと存在意義に関する考察
漫画『鋼の錬金術師』にみる「錬金術」と「心の成長」
少女・女性漫画における結婚の扱われ方——2010年から2022年の作品を中心に
『美少女戦士セーラームーン』における作り手のジェンダー認識の変遷
アニメシリーズ『けいおん』分析 ——劇中劇として広がる豊かな虚構内現実
『輪るピンクドラム』論 ——疑似家族の関係を再認識するための物語
今敏論——彼にとってアニメーションとは何であるのか
テレビドラマが描く世界の変化——ジェンダーロールの描写を通して
テレビドラマにおける結婚観の描かれ方の変遷
是枝裕和『万引き家族』論——invisibleな6人の孤独と繋がり
映画「花と雨」を用いた日本のヒップホップにおける「リアルである」という価値基準に関する考察
ローファイ・ヒップホップに代表される劣化した音が好まれる傾向と日本文化の美意識
アルバム「BADモード」における宇多田ヒカルの「手ほどき」
売れっ子ジャニーズの必要条件——SMAPはいかにして国民的グループとなったのか
欅坂46というアイドルグループの現代における存在意義とその真髄について
舞戸から舞台へ
細野晴臣と“観光”の精神
日本語ラップの歌詞分析
キャラクターの役割

2022年度 卒業制作

三面鏡 *
境界線 *
痕跡 *
巣食う海 *
藍に散らす *
独白 *
荒川の空を船で飛ぶ *
風穴 *

2021年度 卒業論文

 もの深い小侍従の論理
フィクションの不死を通して死と生を知る——「さざれ石」と「八百比丘尼」を中心に
鉢かづきはなぜ風呂焚きなのか——甲類で表れる山蔭三位中将の存在
夏目漱石「こゝろ」論——都市文学の観点から
『坊っちゃん』——夏目漱石の思想を通して
「狐につままれたような」読後感の正体——『眉かくしの霊』幻影出現の仕組みを考える
理想像と距離——岡本かの子作品における視線の関係
芥川龍之介『鼻』について
芥川龍之介の作品群から読み解く、『河童』の意義
芥川文学における狂気性について——「桃太郎」「地獄変」「歯車」より
江戸川乱歩『パノラマ島奇譚』論——主人公の自意識となりすましについて
江戸川乱歩作品における視覚と触覚——コミュニケーション不全とアイデンティティの崩壊
吉屋信子『わすれなぐさ』論——良妻賢母規範への接近と回避
川端康成『山の音』論
「赤」をまなざす者と二人の女——川端康成「浅草紅団」における〈塔の花嫁〉考察
「故旧忘れ得べき」——高見順と転向
人間失格の女たち
「列外人間」が咲かせた花——「虹の輪の花」から見る宗左近論
性への新しい視座——大江健三郎『燃え上がる緑の木』におけるセクシュアリティ観の考察
中上健次『鳳仙花』における肉体性およびその根源について
川上弘美作品における食の描写からみた身体の獲得と成長
『キッチン』における「女の子のマイナー性」とは
伊坂幸太郎作品における小説表現の可能性——『ラッシュライフ』の試み
伊藤計劃『ハーモニー論』——映画化におけるラストシーン変更についての考察
伊藤計劃論——「継ぎ接ぎの物語」としての人間
医療ミステリーが提示する社会問題——『優しい死神の飼い方』と『黒猫の小夜曲』を中心に
眼鏡を通して——近代小説における少女の眼鏡への考察
日本と韓国の「コンビニ」——文学作品から見るその出現と変遷
「孤立」の果たす機能——『イリアス』におけるアキレウスの死生観について  29
 
新聞は原発をどのように報じたか——朝日・読売社説 2009・2010と2020・2021の比較から
鉄道車内広告の歴史の変遷と今後の展望
〈アイドル誌〉の変遷——雑誌メディアにおけるアイドルの役割の変化と展望
『Footballista』を“読む”——『サッカーマガジン』との比較にみるオリジナリティ
『an・an』にみる雑誌広告と経済動向の関係性——リーマンショック期前後の比較から
少年ジャンプ読者層の変遷からみる多様性受容価値観の拡大
 
岡崎京子作品における「外部のなさ」と『ヘルタースケルター』の結末に関する考察
グルメ漫画の変遷——『美味しんぼ』を中心に
松浦だるま『累』論──自己との向き合い方
マンガ『いとしの猫っ毛』論——セクシュアルマイノリティーの居場所の在処
野球漫画における練習・野球観の変容——『巨人の星』・『タッチ』・『ダイヤのA』を中心に 
映画『ハウルの動く城』における成長物語
魔女と王子の不在——2010年代のディズニープリンセスと魔法の在処
ディズニ—プリンセスの女性像の変化——劇中歌で読み解く
日本のテレビドラマにおける「シスターフッド」の分析——『アンナチュラル』、『MIU404』、『大豆田とわ子と三人の元夫』
悪役を失った恋愛ドラマのゆくえ
クイズ番組の歴史における東大生
 
なぜ鬼退治の方法は「刀で斬る」なのか
変化する怪異——妖怪の造形化とその背景
死に方を選択する時代は日本に訪れるか——安楽死の側面から
奇才マシュー・ボーンの作品の独創性——チャイコフスキー3大バレエを中心に
現代日本における「エンタテイメント」としての「ロック」——日本のロックフェスティバルを通じて
ビートルズの果たした役割
Hiphopカルチャーが社会に与える影響
ラーメンズにおける笑いの複雑構造論——第十二回公演「ATOM」から読み解く
2020年代のサンリオの流行——キャラクターとはどんな存在なのか
 

2021年度 卒業制作

Edge *
私信 *
金色のねこ *
普通 *
隣の芝生はいつでも青い *
ループ *
神様と歩く七日間 *
落伍者たちの行方 *
エゴ・パラサイト *
朱に交わればらばらん *
花と人形 *
憧れに近づく *