Go Forward

2023年度情報コミュニケーション研究科フォーラム開催報告

2023年度情報コミュニケーション研究科フォーラム開催報告

司会/コーディネーター:江下雅之(情報コミュニケーション学部教授)

2023年10月12日
情報コミュニケーション研究科
 

大学院情報コミュニケーション研究科は、2023年7月20日に、「コロナ、報道、国産ワクチン その裏側を探る」と題して、研究科フォーラムを開催しました。 


研究科フォーラム概要 
日時 2023年7月20日(木)17:00~19:30
場所

グローバルホール(駿河台キャンパス グローバルフロント1階)
※Zoomによる同時配信

主催 明治大学大学院情報コミュニケーション研究科
講演者・パネリスト

植地泰之(医師、東中野セント・アンジェラクリニック院長、元アストラゼネカ株式会社執行役員、元グラクソ・スミスクライン株式会社ワクチン開発担当副本部長)

海堂尊(作家、医学博士、福井県立大学客員教授)

川上浩一(理学博士、国立遺伝学研究所教授、専門は遺伝学・分子生物学)

吉田統彦(衆議院議員、医学博士、昭和大学医学部救急医学客員教授、愛知学院大学歯学部眼科客員教授)

コメンテーター 八木啓代(健全な法治国家のために声をあげる市民の会代表)
司会 江下雅之(明治大学情報コミュニケーション学部教授)

講演その1 ワクチン開発の開発現場の実際について



パネリストによる問題提起のプレゼンテーションとして、まず最初に、グラクソ・スミスクライン株式会社のワクチン開発担当副本部長の経歴を持つ植地氏より、戦後の日本におけるワクチン接種の歴史と世界の製薬会社が取り組んでいるワクチン開発の実態の解説がおこなわれた。その概要は次のとおりであった。
 ワクチンには副作用が不可避であり、ワクチン接種にゼロリスクはありえず、誰が被害者になるかは事前に予見できない、という前提がある。その点、日本では被害者救済の議論が曖昧なままだった。また、日本はワクチンの事業規模が欧米に比べて小さく、それゆえベンチャー企業の参入余地がなく、日本はワクチン開発の後進国にとどまってしまった。なお、今日の製薬会社は世界規模で新薬の可能性のある技術を絶え間なく探しており、有効な技術には出費を惜しまない。情報の共有スピードも桁違いに早い。したがって「自分の特許だから他には使わせない」「世界中で自分ひとりだけが専門家」ということはありえない。ワクチン開発をめぐる言説では、こうした常識を踏まえて評価する必要がある。

講演その2 デマと似非科学の問題について



二番目に登壇したのは、国立遺伝学研究所教授であり2023年4月にオミクロン株の遺伝子変異を特定した川上浩一氏である。川上氏はtwitterを通じて当初からPCR検査の拡充を訴え、数多くのデマに対して警告を発してきた。今回のプレゼンテーションの概要は次のとおりである。
 新型コロナウイルスに関して民間の人が発していたデマは一笑に付せばいいレベルだが、政府や政府が擁した専門家が化学的に正しいとはいえない情報を発信するのは看過できなかった。たとえば37.5度の発熱で4日間の自宅待機としたが、37.5度という数字には何の根拠もない。感染の確定診断にはPCR検査が不可欠なのに、感染症の権威がのきなみPCR検査を抑制してきた。結局、日本の死亡者はアジアの平均より低かったのが、ある時期からアジアのなかの劣等生になった。感染の脅威はまだ収まっておらず、気を緩めずに検査・マスク・換気を実践し、治療薬とワクチンを使ってしのいでいかなくてはいけない。

講演その3 ワクチン開発への補助金供与の問題について



 三番目の登壇者は立憲民主党所属の衆議院議員、吉田統彦氏である。吉田氏はジョンズ・ホプキンス大学で研究員をしていた経歴を持ち、現役の眼科医でもある。今回はワクチン開発に対する補助金の適切さについて問題提起がなされた。プレゼンテーションの概要は次のとおりである。
 今回、大阪ワクチンとしてアンジェス社が2020年9月に第Ⅰ・第Ⅱ相試験を、同年12月に第Ⅱ・第Ⅲ相試験を開始したが、結局効果が得られずに開発を中止した。ここはDNAプラスミドワクチンを取りあげたが、元研究者としてこの種のワクチンに詳しい吉田氏は、これまでにワクチン開発で採用されたことがなく、実用困難であることを厚労省に質問したが、大臣の回答は実現困難かどうかは知らないというものだった。厚労省が本当にDNAプラスミドワクチンが効くと判断したのか。そうだとしたら諮問機関は機能しなかったとすらいえる。

講演その4 論理的に納得がいかない対応について



 最後の登壇者はコロナ三部作で知られる小説家の海堂尊氏である。海堂氏は医学博士であり、病理学研究室でPh.Dの学位を取得した。研究においてPCR検査に精通し、PCR検査に関する政府の説明には納得がいかなかったという。プレゼンテーションの概要は次のとおりである。
 ウイルスへの対策はフェーズごとに分かれており、対策の結果を追跡調査すれば効果を客観的に評価できるが、文科省は学術的研究の枠組みを作らなかった。また、最初のPCR検査抑制は衛生学の見地に沿った制度設計がされていなかった。五輪強行は拡大抑制を諦めたとも受けとめられ、それはそれで一つの考えだが、その一方で人流抑制は矛盾していた。原理原則はシンプルなのにそれがおこなわれていなかった。このままだと「次」もおなじことを繰り返しかねないのではないか。

ディスカッション/質疑応答の部



 パネリスト4名によるプレゼンテーションは19時まで続いたが、時間を30分延長し、コメンテーターの八木啓代氏による総括的な問題提起を皮切りに、パネリスト4名とコメンテーターによるディスカッションを20時までおこなった。
 八木氏からは日本におけるワクチン開発は科学的なレベルではなく政治的な問題があるという点が強く指摘された。植地氏より、事前審査の問題が提起されたほか、新型コロナウイルスは短期間の病気なので治験のデザインが長くなるはずがなく、何ヶ月も結果が出ないはずがないという指摘があった。
 規制緩和の問題点に対する指摘もあった。今回、早期承認制度が注目されたが、これは本来、再生医療に向けられたものであり、治験を積み重ねばならない薬事にはなじまない。そもそもこうした制度は海外の有力製薬会社にとってきわめて魅力的なはずなのに、それに飛びつかなかったということは、ワクチン開発にとってこの制度はリスクが大きいということだ。結局、早期承認制度は薬害を防ぐための制度を壊しかねない。いわゆる「岩盤規制の突破」は「社会基盤の破壊」なのではないのか、という主張には、参加者全員が同意した。
 現場を熟知した専門家によるプレゼンテーションとディスカッションには驚きと発見が多く、ワクチン開発の問題を考えるうえで当然知っておくべき前提知識を得ることができた。プレゼンテーションに多くの時間を割いたために、参加者から寄せられた質問には十分に答えきれなかったが、日進月歩で研究が進められているウイルス開発分野の専門家による見解は、SNS等で不確かな情報が流布する今日においては貴重な機会であった。

研究科フォーラムポスター

明治大学大学院