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「ガクの情コミ」学際研究ラボを開催しました

テーマ「暴力」

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暴力として語られるイスラーム(横田貴之 准教授)

果たしてイスラームは暴力的なのか?
ここにあるテロ現場の写真があります。自動車に仕掛けられた爆弾を爆破することで、通行人やその持ち主に危害を与える自動車爆弾によるテロ現場の写真です。これはイスラームとは無関係のIRA(アイルランド共和国軍)によるテロ事件の写真です。こうしたテロの写真を見ると、どこかのイスラーム過激派がテロを行ったんだろうと考える人が多いのではないでしょうか。わたしたちは、テロ事件が起こるとすぐに、イスラーム過激派の犯行と思いがちです。なぜイスラームが暴力として語られるのか。イスラームと日本に暮らす我々の視点から考えたいと思います。

まずイスラームの視点から考えてみます。多くの人が、イスラームによるテロ事件をよくニュースなどで知っており、実際にムスリム(イスラム教徒)によるテロ事件も起きています。代表例は、IS(イスラーム国)やアルカイーダなどによるものですが、テロ組織はイスラーム固有のものではありません。これは当たり前のことですが、それを忘れてしまっているのが昨今の傾向だと強く感じます。

実際に、テロを起こす人たちはどんな人なのでしょうか。まず理解して頂きたいのは、ムスリムはイスラームを信仰する人々のことです。世界に18億人以上いるとされて、多様性に富んでおり、宗教熱心な人もそうでない人もいます。例えば、酒を飲む人も飲まない人もいて、それを嫌う人もそうでない人もいます。共通するのは神(アッラー)への信仰です。しかし、その信仰の実践が違いとなって出てきます。さらに、サウジアラビアやイランなど、信仰実践のあり方が法的に制度化されている国もあります。

ではなぜ実践に差異が出てくるのでしょうか。ムスリムの中には現代社会が神の教えに基づいて運営されていないと考える人たちがいます。神の教えに従って社会を改革しようというのが彼らの目的なので、イスラームの教えに基づいた改革を求めています。

こうした社会改革へ向けて実施に行動を起こす人たちを我々は、「イスラーム主義者」と呼んでいます。さらに全体のうちわずかですが、社会改革という目的を達成するための手段として暴力を用いることをいとわない、ジハード主義者と呼ばれる人たちが存在します。これが今問題となっているのです。

ローマ・カトリック教会には、ローマ教皇がいますが、イスラームには、それに該当する現世の最高権威が不在です。そのため、何がイスラーム的かとか、どういう改革が必要か、その手段はどうするべきかということをムスリムが自分たちで考える必要が生じます。これがイスラーム主義の多様性につながり、一部には暴力を選択する人たちもいるのです。暴力的なのは、イスラーム? ジハード主義者? それとも何なのか? ぜひ考えていただきたいと思います。
ダメージを受けたイスラーム像を乗り越えよう
次に日本に暮らす我々から考えてみましょう。イスラームや中東の研究をしていると言うと、危ない国の研究ですねと言われることがあります。私はそんなことはありませんよと答えます。しかし、外務省の海外安全情報の地図をみると、やはり危険地域に多く分類されています。なぜこのようなイメージが付きまとうのでしょうか。

実はジハード主義の被害を日本も受けてきました。これまでに日本人の死者は、60人以上と言われています。かつてのイスラームのイメージは、砂漠やラクダといった異国情緒、中東戦争など遠い国の紛争、天然ガス石油といったエネルギーでした。しかし今や、「血と硝煙の香り」が身近になることでそのイメージは大きく変質してきました。

1990年代の湾岸戦争、2000年代の9.11以降のテロ事件、2010年代になるとISが登場し、そして今ではタリバンがアフガンを制圧しました。学生の皆さんにとってイスラームは、生まれる前から暴力的で怖いというイメージが根付いているかと思います。これを「ダメージを受けたイスラーム像」と私は呼んでいますが、負のイメージがどんどん再生産され、異文化理解や多文化共生の支障となっています。

日本にはムスリムが10~20万人暮らしているとされます。「バブル経済」以降増加し、モスクやハラール食品が増えました。また、最近では観光客も増えました。関東から中部に多く、日本海側の主要都市にも広がっていますが、現在のところ比較的うまく共存できていうようです。

日本では、ダメージを受けたイスラーム像を何とか乗り越えているように思います。その背景には、住民、ムスリム移民が相互に理解しようとする努力もあります。また、日本の厳格な移民・難民政策による小規模なムスリム人口も要因かもしれません。欧州では移民の2世や3世とどう一緒に暮らすかが課題になっていますが、日本でも同様の問題が生まれるかもしれません。

やはり、まず相手を知ることから始めることが大切です。イスラーム=テロ・ISというイメージで見ると、どんどん暴力的なイメージを私たちは構築してしまいます。実はこれはISの戦略なのです。ムスリム同胞が欧州でこんなに迫害されている。だから暴力で応じろというロジックが説得力を持ってしまいます。彼らの思う壺になってしまうため、負のイメージを乗り越えて理解していくことが求められます。困難ではありますが、暴力的なイメージから自由になったイスラーム像の再構築を様々なレベルで努力する必要があるでしょう。