学部別入学試験
「ガクの情コミ」学際研究ラボ テーマ「流行」
INDEX
知財と流行-独占と模倣の法的な調整メカニズム(今村哲也 教授)
(司会進行 横田貴之 准教授)
【映像】
知財と流行─独占と模倣の法的な調整メカニズム(今村哲也 教授)
法と流行
基本的に法とは流行に対して中立的な立場であるべきです。流行は個人の自律的な意思決定で行われる模倣の集積だと捉えた場合、近代法は個人の自由な意思決定と行動を尊重するからです。つまりマーケットに任せておきましょう、という話になります。現代は近世の奢侈(しゃし)禁止令の時代のように「洋服はこれを着なさい」という時代ではありません。基本的に、法的には何か流行をコントロールするとか規制するなど、原則そういったことはしません。
しかし流行が個人の権利や社会全体の利益に影響を与える場合には、法的介入がなされます。例えば、現在流行している新型ウイルスの問題や、あとは環境問題、労働問題に与える悪い流行がある場合は、法的に規制されます。
また市場への影響の問題があります。後藤晶先生からお話のある行動経済学においては、行動経済学を知り尽くした悪い商人が、自由競争を歪曲し、消費者の自由な意思決定をゆがめるといった、悪さを働く可能性があります。そういった場合には知的財産法で言えば不正競争防止法や、消費者の保護といった観点から法規制が加えられます。
そして個人への影響もあります。個人が流行に乗って、他人の権利や自由を侵害することがあります。この他人の権利や自由の中には、情報財としての知的財産も入ってきます。
模倣によって、他人の知財、個人の財産権を侵害する場合があるのです。それを法的に規制する必要が出てきます。情報自体を権利の対象とするのが知財です。模倣により権利が害される場合には法規制が加えられることがあるのです。
情報は自由利用が原則
しかし情報は自由利用が原則です。知的財産法がない時代においては、モラルの問題は別として、情報は自由利用が原則であって、模倣は法的には自由でした。その意味から、情報一般は公共財的性格を有しているということもよく言われます。この点については、高校の授業でも公共財とか非競合性とかいう話はするので詳しくは述べませんけれども、例えばCDやDVDで映画を観たり音楽を聞いたりする場合、コピーはいくらでもあります。他方で1つのリンゴは1人でしか食べられません。こうした普通の形のある財、有体物の財産と違い、情報財ではその状態が成立しないのです。
情報財の性質
花火大会を誰かが見たからといって、他の人が花火を見るという消費が邪魔されるわけではありません。電波についてもそうです。程度問題がありますけれども、警察とか消防などと同じような公共財として、情報財には非排除性(利用の対価を払わない者を排除できない)、非競合性(ある者の消費によって他の者の消費が減少しない)を持つ財としての側面があります。情報財というのは、まさに公共財と同様の側面があるということです。
フリーライダー問題
公共財につきものとなるのは、いわゆるフリーライダー問題です。情報財も、放っておくとどんどん勝手に模倣されます。そういった情報財を生産するための投資ができなくなることにより、過少生産状態になる可能性が出てきます。
公共財は税金で補います。つまり税金を徴収して警察や病院などを運営します。
知的財産の情報財の場合にはどうするか。税金で補って誰かにものをつくらせるのは効率が悪いですね。
模倣(フリーライド)の禁止
そこで人工的にインセンティヴ(動機付け)として、有益な情報を作った者に財産権を設定します。要するに、その財産権を害したら排除されます、と法律で定めて、その人しか使えない独占権を設けることによって、規制を創出します。そして、投資した分を回収できるという、インセンティヴ設計をし、情報財産権として保護します。この体系こそが知的財産法なのです。
インセンティヴとしての法
知的財産法自体がインセンティヴという点をもう少し説明しましょう。
法は、基本的に人々の自律的な意思決定を変化させる要因、インセンティヴを提供します。刑法に重たい刑事罰が定められていれば、人を殺さないようにしようと考えるかもしれません。また、人の財産を害して損害が発生したら賠償しなければならないということになれば、不法行為はある程度は避けられるでしょう。法規制をすることによって人々の自律的な意思決定を変化させて、より望ましい方向に社会として誘導することができます。法はそういう役割を持っています。
知的財産の種類
知的財産と一言で言ってもさまざまな知的財産があります。
特許、発明を保護するものや、ファッションに関しては意匠権という、物品の形状を保護する権利があります。また、身近なところでは著作権があります。文芸作品や音楽をつくったら著作権が与えられます。そして商標権など、標識に関する情報も権利として保護されます。
そういったいろいろな知的財産権があるわけですけれども、基本的に全て一定の範囲で独占権を与えるもので、一定の権利者しか使えなくなるということにして、それで模倣を禁止していく仕組みです。
(参考)知的財の種類(特許庁ホームページ)
模倣と独占のバランス
しかし一方で模倣と独占にはバランスが求められます。独占を与えるだけでは模倣が萎縮します。法というのは白黒をつけることではありません。原則を立てると必ず例外を設けるのが法律というものです。
模倣とは、ある意味で創造的な作業でもあり、社会、市場、個人にとって新たな価値とは模倣の中から生まれることがあります。不易流行(不変の中に変化を取り入れること)とか、文化の累積的進化、同調と非同調といったことに、模倣は必要である、ということです。また、模倣すること自体は赤ちゃんがお母さんやお父さんのことをまねしようとするのと同じように、人間の本質的な性質でもあると思うのです。
個人が一般的に行うような行動を過度に制限すべきではない、という要請もありますので、知的財産法が独占権を与えるだけであってはいけなくて、必ず、許されるべき模倣との調整メカニズムを法律の中に設けていくことになっていきます。
流行した歌・流行語
知的財産との関係で、たとえば流行した歌を見てみましょう。
昨年なら、優里さんの「ドライフラワー」がストリーミングランキングで1位でした。これははやりましたね。約3億回の再生回数です。大変な数の再生がされているわけです。
(参考) オリコン年間ランキング2021
あと流行語です。人々の口の端にのぼる言葉として、昨年は大谷翔平にまつわる「リアル二刀流」「ショータイム」などが流行しました。大谷選手は今年も活躍していますから、この言葉はいまも使われていると思います。
(参考)ユーキャン新語・流行語大賞/トップテン 2021年
では、こういったものは知的財産との関係でどうなるかといいますと、なかなか結び付けるのは難しいところもありますが、昨年の流行歌でいうと「ドライフラワー」のほかに、「夜に駆ける」「怪物」(YOASOBI)、「うっせえわ」(Ado)などがあります。これらの歌詞・楽曲は著作物として保護されますので、著作権のコントロールが及びます。
しかし、著作権のコントロールにより、独占的な権利が及んで誰も自由に使えなくなるかといったら、そうではありません。もともと権利者の側は、利益を得るためにマーケットを通して消費者に利用させようとしますから、その市場の仕組みを使ってみんながそれを使う、模倣する、流行することは確保できますし、また仮に独占権を行使するにしても保護期間は有限であったり、一定の場合には権利が制限されたりすることもあります。
また、流行語も、ではあの言葉は著作権で保護されて使えなくなるのか、その可能性があるのかといえば、そんなことは全然ありません。創作性のある表現しか保護しませんから、短すぎる言葉は保護されないのです。ですから、好きに使ってくださいという話になります。小説などの長い表現であれば保護されますし、音楽であれば歌詞は保護されますけれども、短過ぎるものは保護されないということです。
アイデアと表現の二分論という考え方もあり、アイデアとか思想のレベルの流行を禁止することは、少なくとも著作権法によっては何もできません。独占権を表現物に与える一方で、人々の模倣の領域を確保している側面があります。そのバランスを取っているわけです。
独占と模倣の法的な調整メカニズム─商標法の場合
短い言葉の保護については、商標法という法律があります。こちらの場合、短い言葉でも商標権を登録できます。例えば「トヨタ」など、いろいろな短い言葉も登録されています。明治大学も商標登録をいろいろとやっています。「めいじろう」の絵も商標登録をしています。
ただ、商標法に関しても、これも独占の一方で、模倣しても大丈夫な領域を確保しているのは同じです。商標権は商標的使用にのみ及ぶというのが一番重要なルールなのです。
例えば、話し言葉の中で、登録されている言葉を使っても何の問題もありません。商品などに商標を付するなどして、「あ、このマークはあの会社だ」というイメージを持たせる上での標識としてのマークを使えば、それは許諾が必要な商標権の使用になるのですけれども、普通に文章の中で言葉を使うレベルでは商標権は全く及びません。昨今「ゆっくり茶番劇」という言葉が登録のための出願がされて話題になりましたけれども、あんなものは登録されたところで独占できる領域も限られているともいえます。結局「ゆっくり茶番劇」を最初に登録出願した人は取り下げました。
知的財産には、普段生活する上ではあまり意識していないかもしれませんが、特許や実用新案、商標、意匠権など、いろいろな性質、タイプのものがたくさんあって、身の回りにあるもので知的財産に関わりないものは、ほとんどないといって過言ではありません。皆さんが普段座っている椅子にしても、何らかの特許製法で作られていたり、デザインとして意匠権を取られていたりします。また手元にある「明大茶」のペットボトルをみても、たとえばめいじろうなどの商標が使われていたりします。スマートフォンなどは、まさに知的財産の固まりで、1万件以上の発明が使われているとも言われます。
ファストファッションをめぐって
最後に、服飾のファッションにも触れなくてはいけないと思います。
とくにお話しておきたいのはファストファッションの問題です。ファストファッションというのは手軽なファッションの代名詞のようなものですけれども、ファストファッションのデザイナーは、セレブのトレンドやランウェイでのルックなどを見ながら、ラグジュアリーブランドからインスピレーションを得て、服のプロトタイプをまず作ってしまいます。そして次の週には1万着以上の服を作って出荷の準備をし、次の週にはアパレル(既製服)が物流センターに並んで、最後の4週目には新商品が顧客に提供されていきます。そういう、ブランドをまねて安い似たようなものがすぐに並ぶというのが今のファストファッションの世界で、消費者もそれを求めているという背景があります。
ファッションデザインの法的保護は不十分?
それはそれで放っておけばいいという話でもあるのですけれども、放っておくとデザイナーのインセンティヴがなくなり、新しい作品が生み出されなくなることもあり得ます。かといって、過度に保護するのもどうかという議論もあります。
一応、洋服のデザインなどについて法的に保護することは可能です。
一番主要な権利としては意匠権で、これは登録ができます。ただ登録まで時間がかかるので、登録が終わるころには、もう流行が終わっているというケースがあります。そのため保護が不十分だという意見もあります。
このような登録などしなくても、不正競争防止法という法律では、国内である商品を販売したら、その商品の形態は登録しなくても3年以内は保護できるという規制もあります。不正競争防止法2条1項3号のデッドコピー規制という規定がそれにあたります。しかし他方で、柄や模様のデザインは、この規定では保護されないため、これも欠点があるのですね。
その他の法的保護について考えてみます。例えば私が着ているユニクロのポロシャツは、おそらく著作権の保護対象にはならない。著作物としての創作性がないためです。個性的な工夫のあるコスチュームなどなら保護される可能性があります。つまり独特な何かであることが必要だということです。
ファッションプロダクトの商品形状が、いわゆる商品等表示として、不正競争防止法で保護される場合もあり得ますが、周知性や著名性の獲得がないと、保護されません。
それでは服のブランドに、これ以上新しいデザインを生み出すためのインセンティヴを付与する必要があるのでしょうか。短いサイクルでも、いわゆる「市場先行の利益」といって、先にマーケットに商品を出して、ある程度、1カ月とか2カ月でも利益を回収できる機会があれば、それでいいのではないか、という考え方もあります。そもそもファッションというのは、模倣を繰り返してこれまでもやってきたでしょう、という議論もあります。
他方でファストファッション自体、工程短時間化があまりにも進んでしてしまっているので、ラグジュアリーブランドのデザイナーのインセンティヴが足りなくなってきているのではないかという問題点もあるかもしれません。
これは未解決の問題ですので、いろいろ問題があることを指摘するにとどめたいと思います。
私は別にファストファッションが悪いとは思っていませんけれども、実はファストファッションは、環境や労働の観点から問題点が指摘されることが増えています。この点は無視できません。
ヨーロッパ、特にEUで政策を考える時には、もうSDGsに触れないわけにはいかない世界になってきています。そういった点も法的な規制で何とかするのか、あるいは他の手段でどうにかなるのかという、そういったことも考察の対象になってくると思います。
私の専門分野から、流行という主題を考えたときに重要である、模倣の自由と知財の独占との間の調整をめぐってお話しさせていただきました。
- お問い合わせ先
-
教務事務部 情報コミュニケーション学部事務室
駿河台キャンパス
〒101-8301
東京都千代田区神田駿河台1-1
TEL.03-3296-4262~4
✉ infocom■mics.meiji.ac.jp ※■を@に置き換えてください。
和泉キャンパス
〒168-8555
東京都杉並区永福1-9-1
TEL.03-5300-1627~9