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ジェンダーセンター

定例研究会『セクシュアル・ヘルスから捉えるジェンダーセクシュアリティの多様性と不平等』開催報告

2023年01月12日
明治大学 情報コミュニケーション学部ジェンダーセンター

2022年12月1日(木)開催
定例研究会『セクシュアル・ヘルスから捉えるジェンダーセクシュアリティの多様性と不平等』

【登壇者】生島嗣氏(いくしま ゆずる)
NPO法人ぷれいす東京代表・社会福祉士。1995年からぷれいす東京の職員となり、2012年より代表を務める。相談員(社会福祉士)として、数人の相談員とともに年間2000件を超えるHIV陽性者、パートナー、家族からの相談を受けている。研究活動としては、 HIV陽性者の社会生活、就労、メンタルヘルス、男性同性間の予防啓発などをテーマにしている。
【主催】明治大学情報コミュニケーション学部ジェンダーセンター
【日時】2022年12月1日(木)17:30~19:30
【会場】明治大学駿河台キャンパス グローバルフロント1階 グローバルホール
【担当運営委員】宮本真也(情報コミュニケーション学部教授)
【コーディネーター/司会】大島岳(明治大学情報コミュニケーション学部助教)

【報告】大島岳

 今回の定例研究会では、NPO法人ぷれいす東京代表の生島嗣氏を講師としてお招きし、「セクシュアル・ヘルスから捉えるジェンダー・セクシュアリティの多様性と不平等——30年の直接支援の現場から」というテーマでお話しいただいた。
 生島氏は1994年にHIV陽性者支援団体「ぷれいす東京」の立ち上げに参加し、翌年から職員として働き始め、2012年から代表に就任した。これまで約30年間の豊穣な経験をもとに、HIV/エイズについて、①アメリカの歴史、②日本の歴史、③新たな動きという視点から語っていただいた。
 冒頭では、HIV/エイズについての基本事項を確認したうえで、1960年代以降のアメリカにおける同性愛者の雇用禁止、アメリカ精神医学会の診断基準での病理化、酒の販売や集会禁止などを背景に、制度的・構造的差別に対する変革に向けた連帯の動きが広まったことについて説明があった。特に1969年6月ニューヨークでの警察による逮捕の標的とされた有色人種の従業員や、ドラァグ・クイーン、トランスジェンダーなど当事者が積極的に抵抗の中心となったストーンウォール事件、1970年代における公民権運動やフェミニズムの高まりとともに、大都市を中心にゲイ・リブ運動が展開されたことが説明された。だが続く1980年代からのエイズ危機の時代では、政治や偏見のために社会の少数者への疾病対策が遅れ、1987年にようやく対策が開始されるまで約5万人がエイズと診断され、その半数以上が死亡したと言われていることが説明された。偏見やスティグマが特定の社会集団の社会的な孤立を促すことで、より疾患が広がりやすい状況をつくりだしてしまう可能性があり、結果、より深刻な健康問題が引き起こされてしまうという指摘は重要である。現在日本でも、新型コロナウイルス感染症における社会的少数者、とりわけ雇用形態が非正規労働である女性が特に甚大な悪影響を受ける状況など、同様の構図があることを指摘したい。また、生島氏はレズビアンの「ブラッド・シスターズ」を紹介し、エイズ危機がこれまで距離があった一部のゲイとレズビアンのコミュニティを結びつけ、例えばGMHC(ゲイ・メンズ・ヘルス・クライシス)のようにケアを提供する非政府組織や、SILENCE=DEATHのロゴでも有名なACT UP(アクト・アップ)のようなエイズアクティヴィズムとしての社会運動の興隆をもたらすなど、現代のHIV/エイズをケアする多様なサービスや活動、同性婚などの権利社会運動の基盤が築かれたことが言及された。こうした、普段は異なった価値観や未来構想を主張する多様なセクシュアリティやジェンダーアイデンティティを有する人たちが、危機において連帯し、互いをケアする倫理を通じ自分たちをめぐる関係性のあり方を再編成し社会に働きかけていこうとするコミュニティ(再)創生の機序を理解することは重要である。
 日本では、1985年に当時の厚生省が米国から帰国した男性同性愛者を日本でのエイズ第1号患者として発表したが、血友病での薬害隠しを意図した国の操作がはたらいているという指摘があることが説明された。こうした経緯のもと、薬害エイズ裁判の和解により恒久対策としてエイズ治療・研究開発センターが設置され、全国の治療体制の整備が進められて行ったことが説明された。また、現在でもHIVは依然として20代後半の若年層が最も多く、近年では20代女性の梅毒報告が東京で急増していることに注意を呼びかけた。
 近年の動向として、本研究会の前日に同性婚訴訟の東京地裁判決があり、そこでは現行の同性婚をめぐる立法の不作為が「違憲状態」との判断が示された。札幌や大阪など同種の訴訟も含め、多様なジェンダー・セクシュアリティを生きる人びとの連帯と共闘が現在でも続いている。そしてその原告団の一人が、ぷれいす東京で長らく相談員を務めてきた故・佐藤郁夫氏であり、2020年12月脳出血で倒れ救急で病院に運ばれた際、病状説明/危篤の際の連絡が、制度がないために17年間ともに暮らしてきた同性パートナーに伝えられなかったことが語られた。以上は、親密性にかかる多様性と承認をめぐる社会運動がまさに現在進行する未完のプロジェクトであることを示している。
 他にも、現在のHIVをめぐる治療状況の改善の一方で、現状の社会の知識が古くアップデートされていない問題について説明があった。現在多くのHIV陽性者は定期的な治療薬の服用によりウイルスを検出できない程度におさえながら日常生活を送ることができている。このことをU=Uと呼び、現在でも刻々と治療と陽性者の健康の改善が続いている。だが反面、世論調査の結果ではいまだに「死に至る病である」というイメージが半数以上を占め、ゆえにエイズパニック時代の古い疾患イメージを変えていく取り組みが重要であると指摘された。この目的を果たすために、これまで続けてきたLiving Togetherなど共生社会を推進する運動をより広げていくことがますます重要性になると結論された。参加者はメモをとるなど熱心に聞き入っていた。質問コーナーも非常に盛況で、すべて紹介することはできないくらい積極的に参加していた。

トークセッションを行う生島嗣氏(左)と大島岳助教(右)トークセッションを行う生島嗣氏(左)と大島岳助教(右)