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研究プロジェクト 2019年度

2019年度

A「組織におけるダイバーシティ・マネジメント」

牛尾奈緒美
 今年度は,明治大学出版会から電子書籍『<知>が生まれるコミュニケーション:情報社会におけるダイバーシティ・マネジメント』を出版した。これは同出版会の初の電子書籍であり,10月31日より学内無料配信がスタートしたものである。本書籍は,2018年11月23日に本センターの共催を得て開催した,「明治大学アカデミックフェス2018」における「企業トップの考えるダイバーシティ・マネジメント」の連続公演に基づき作成された。ダイバーシティを企業経営の根幹に位置付けている企業5社のリーダーを招聘し講演と質疑応答で展開するセッションを実施したもので,第一生命ホールディングス株式会社・第一生命保険株式会社 渡邉光一郎代表取締役会長,株式会社丸井グループ 青井浩代表取締役社長, 株式会社ポーラ 横手喜一代表取締役社長,アクセンチュア株式会社 程近智代表取締役社長, 株式会社ミライロ 垣内俊哉代表取締役社長による講演からなり,「はじめに」と「おわりに」には,筆者が,人口減少,情報化,グローバル化といった社会変化に伴い,変革を迫られる日本企業の現状や,企業にとってダイバーシティ・マネジメントが必要とされる意義について詳しい解説を行った。ミライロを除く4社では,女性活躍を出発点にダイバーシティに取り組み始め,のちに障がい者,LGBT,外国人等へと対象を拡大させ,今日ではすべての人材に対して個々の多様性に着目した真のダイバーシティ経営へ舵を切ろうとしていることが明らかにされた。一方,社長自らが障がい者であるミライロは,マイノリティ人材の持つ価値こそが経営の強みとなりうる独自のビジネスモデル,「バリアバリュー」に基づく経営方針を掲げ,新たな視点からのコンサルティング業務で成功を収めていることがわかった。
一方,年齢を軸に多様な従業員の心理面での研究も行った。昨年度,職場のストレスに関する縦断的な調査を約12万人のデータを用いて分析し成果を「コーピングによるストレス反応の改善効果—2年間のデータを用いた縦断的検討—」として産業・組織心理学会で発表(優秀学会発表賞を受賞)したが,今年度は本研究の発展版として,「ソーシャルサポート,スキルによるコーピングの促進効果—複数年データを用いた縦断的検討—」を同学会で発表した。本研究では50歳代,60歳代のシニア世代を対象としたストレスの特徴や改善方法,職域開発を含めたキャリア支援,コミュニティ形成のあり方を検討したが,同世代の女性データも大量に入手できたことから男女別の比較検討を行い,新たな分析視点も加えていく方向で研究を進めている。

B「「ヤンキーママ」の互助的ネットワークの実態調査」

江下雅之/髙橋香苗
今日の母親は,子育て仲間のネットワークを活用することで互いに支えあっている。とりわけ1990年代に表面化した母親の孤立した育児という問題を母親たちは互助的なネットワークを築くことで解消させていった。しかしその一方で,母親同士のネットワークから疎外される集団の存在もしばしば観察される。その一例に「魔魅威天使(マミーエンジェル)」という育児サークルが挙げられる。これは母親となった,女性の暴走族いわゆる「レディース」OGたちによって組織されたものである。これは全国に支部をもつ連帯組織となっていくが,なぜこのように育児という共通のテーマだけでは包括されない集団が存在したのだろうか。
一般的なネットワークからの疎外と疎外されたものたちによるネットワーキングの背景には,ほかの母親たちに比べて若年であるということに加えて,彼女たち自身の価値観や表象がほかの母親たちとの親和性が低いものであったことが推察される。1970年代から90年代にかけて「暴走族」や女性のみの暴走族である「レディース」,それらの発展として「ヤンキー」という不良少年少女たちのサブカルチャー集団は登場し拡大した。こうした若者たちは,とりわけ学校文化への不適合が指摘されている一方で特有の価値観をもっていたことが指摘されている。こうした流れのなかで,レディースや女性のヤンキーのなかから子どもを生み母親になる者が出現し,彼女たちは「ヤンキーママ」「ヤンママ」などと呼ばれるようになる。しかし,ヤンキーママに関する学術的な研究事例はほとんどなく,彼女たちがどのような価値観をもち,どのような母親であったのか,その実態は明らかにされていない。
暴走族やヤンキーの文化では,雑誌というメディアが自分たちのメディアとして用いられ価値観の共有の上で大きな役割を果たしていたといわれている。そのため雑誌を資料とすることによってヤンキーママたちがメディアを通じて共有した経験や意識に迫ることができると考えられる。そこで,ヤンキーママを読者に含む雑誌メディアやヤンキーママに関する言及がある資料を用いて,ヤンキーママの実態を探っているところである。本年度は,レディースや女子のヤンキーを中心的な読者とする雑誌『ティーンズロード』を中心に資料の収集に努めた。本誌に代表されるヤンキー向け雑誌は,国立国会図書館や雑誌蔵書を専門とする図書館でも網羅的に収集されているわけではないため,古書流通も活用した。その結果,90年代の代表的なサブカルチャーであるコギャル(ギャル)文化に対して反発する行動が確認できたほか,ヤンキー・ファッションの特徴といわれる「悪趣味 bad taste」の具体的な事例を多数確認できた。今後はさらに資料を収集・整理して,ヤンキーママたちが共有した価値観や経験を体系的にとりまとめていきたいと考えている。

C「デジタルメディア時代において多様化する「規範」的ファッションとそれを通して構築・伝達されるジェンダー像についての考察」

高馬京子
本プロジェクトの枠組みで二つの活動を行った。一つ目は,別のページで報告した国際シンポジウムにおいてファッションとジェンダーのパネルのコーディネートである。「衣服は[メディアで]語られてファッション(服飾流行)になる」と,フランスの記号論者ロラン・バルトが『モードの体系』の中で議論したように,メディア[の言説とイメージ]とは衣服をファッションに仕立て上げる装置といえる。ファッションとは,性別,年齢,階層,民族,国境といった様々な枠組みを超えて「私がなろうとしている私/誰か」を実現するための装置でもある。印刷技術,写真技術の発展などによって,ファッションメディアが人形,ファッションプレートから紙のファッション雑誌へと移行し,交通機関の発展,識字率の向上により広範囲にファッションが伝達するようになった。今日デジタルメディアの発展する高度情報社会において,ファッションはどのように変容したのか。今,ファッションを身につけて私たちはなにになろうとする/させられるのか。ファッションメディアは個人にとって多様な自分らしさを提言するエンパワーメント空間になったのか。これらの問いに基づいて,先に報告したパネルセッション:日常,アイデンティティ,メディア__境界を問うファッションの新地平というセッションをコーディネートし3人のパネリスト,ロンドン芸術大学ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションのアニエス・ロカモラ氏,クリエイティブディレクター/KLEINSTEINである小石祐介氏,西オーストラリア大学門傳昌章氏とともにデジタル社会におけるファッション,及びジェンダー像をテーマに議論した。
また,二つ目に個人研究が挙げられる。個人ファッションブログと異なり,ファッション企業,ファッションメディアの声とされていた「企業ブログ」が,フォロワー/読者もコメント,反応を誘われるSNSアカウントに移行しつつある今日,そこでは,ファッション流行,規範的女性像はいかに構築,伝達されていくのかについて事例調査した。それらは,日本とフランスでは差があるのか等の問に対し,検討するために,『ELLE Japon』と『ELLE France』のインスタグラムアカウント空間を事例に,編集者と読者/フォロワーの交差する視線により構築されているファッション,そして,規範的女性性について考察し論文にまとめ2020年に『みる/みられるのメディア論』(共編著)の1章として刊行予定である。

D「現代メディアとアートにおけるジェンダーとダイバーシティ」 Gender and diversity in contemporary media and art

田中洋美
本研究プロジェクトは,デジタル化が進む現代社会におけるメディア(メディアアートなどアートの実践を含む)の変化と現状についてジェンダーおよびダイバーシティの視点から検討するものである。
20世紀にはマスメディアを中心に発達してきたメディアは今,根本的な変化の只中にある。1990年代以降一般に普及し始めたインターネットを経て,21世紀に入るとソーシャルメディアをはじめとするデジタルメディアを通じて,多くの一般市民がメディアの発信者となった。特にこれまで不可視化されてきた女性や様々な少数者のメディア発信やコンテンツ制作などが活発になっており,ジェンダーとメディアの研究者は関心を寄せている。
同様に20世紀以降のアートは,様々なメディアを用いたインタラクティブな作品制作などの動きを伴い,ヴィデオアート,メディアアート,近年はデジタルアートとも呼ばれる新たな表現可能性を追求してきた。直接・間接的に多様性を意識した作品制作も行われてきた面もあり,多様性の理解や受容が声高に唱えられる今,注目に値する。
本プロジェクトでは,ジェンダーや多様性の視点からメディアアートを含め,現代メディア文化の変化と現状を考えた。多様性に真に開かれた社会づくりや文化創造においてデジタルテクノロジーやそれに付随する社会過程と実践においていかなる可能性とリスクがあるのかを検討した。その成果は,今年度の本センター設立10周年記念シンポジウム・パート2に活かすことができた。