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特別講義・上映会 2019年度

映画『his』プレミア試写上映会+トークセッション

2020年1月20日(月)実施

(C)2020映画「his」製作委員会

【日時】2020年1月20日(月)17:30~21:10(開場17:00)
【会場】明治大学駿河台キャンパス グローバルフロント1階グローバルホール
【コーディネーター・司会】田中 洋美
(明治大学情報コミュニケーション学部准教授,同学部ジェンダーセンター長)
【主催】明治大学情報コミュニケーション学部ジェンダーセンター,名古屋テレビ放送株式会社
【来場者数】約170名
【プログラム】
・出演俳優である宮沢氷魚氏と藤原季節氏による上映前トーク
・映画『his』上映(監督:今泉力哉/2020年1月24日公開/127分)
・宮沢氷魚氏,IVAN氏,アサダアツシ氏,松岡宗嗣氏によるトークセッション
・質疑応答
【登壇者】
・宮沢 氷魚氏(俳優,『his』出演)
・藤原 季節氏(俳優,『his』出演)
・IVAN氏(ファッションモデル,タレント)
・アサダ アツシ氏(脚本家,『his』企画・脚本)
・松岡 宗嗣氏(一般社団法人fair代表理事)
報 告:田中 洋美(明治大学情報コミュニケーション学部准教授)
 近年,日本でも性的マイノリティ,特に同性愛者が登場するテレビドラマや映画が社会的に話題になることが多くなった。テレビドラマでは,脇役はもとより(2016年に大ヒットしたドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(T B S系)における主人公・平匡の同僚,沼田など),主役に据え,大ヒットとなったドラマも出てきた(2018年・2019年にシリーズ化され,人気を博した『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)など)。また映画でも,洋画ほどではないにしろ『怒り』(2016年)や『劇場版おっさんずラブ〜LOVE or DEAD〜』(2019年)など作中で同性愛者が中心的な役割を担う作品が制作され,話題となってきた。
これらの作品は主流メディアにおいて長らく象徴的に抹消されてきた性的マイノリティを可視化するものであり,一定の評価を与えることができる。また性的マイノリティ役を人気俳優が演じ,作品が社会的注目を集めるようになったこともセクシュアリティの多様性の受容が進みつつある現在の社会状況を示しているようにみえる。しかしながら全体としてはまだまだ性的マイノリティを描くコンテンツは少ない。例えば国際ジェンダー学会メディアとジェンダー分科会映画班が筆者の学部ゼミ生と共同で実施した調査(「映画におけるダイバーシティ」)によれば,2008年,2018年,いずれの年も興行成績トップ10の邦画のうち性的マイノリティが登場した作品は1作品のみであった。一言でも台詞のある登場人物はそれぞれ135名(2008年),504名(2018年)であったが,そのうち性的マイノリティは3名(2008年),1名(2018年)で,いずれも男性同性愛者であった。これは増えたように見えて,多くの人々が観る映画においては今も滅多に登場しないことを意味している。また男性同性愛者の描写については,しばしばコミカルに描かれるなど,バラエティ番組等で既に生成されてきたステレオタイプが強化されていることが懸念される。
このような性的マイノリティのメディア表象の現状にあって,このたび名古屋テレビ(株)が同性愛者を主人公に据えた人間ドラマを映画作品として制作したことは注目に値する。『his』と題されたこの作品は,男性同性愛者を主人公に,彼とそのパートナーである男性とその子どもの関係を時には生々しく描きつつ,彼らや子どもと子どもの母である女性,彼らが暮らす地方の町の人々,弁護士といった周囲の人々との相互作用,そしてそれを特徴付ける様々な社会問題を描いている。男性が,あるいは同性カップルが子どもを育てることの難しさ,一人親として子どもを育てる女性の苦労,彼らを取り巻く法制度の問題や,マイノリティに対して向けられる社会的な眼差しの存在など,様々なイッシューについてシリアスに,しかしながら‘さらりと’浮き彫りにしている。この度,本センターでは,この作品を制作した名古屋テレビ(株)と共催し,全国公開に先駆けての特別試写会+トークを実施した。
当日は,主人公・迅を演じた俳優の宮沢氷魚さん,迅のパートナーを演じた藤原季節さんによるサプライズの舞台挨拶の後,本編(英語字幕付き)を上映し,多様性とメディアに関するトークセッションを行なった。トークには主演俳優の宮沢さん,企画・脚本を手掛けたアサダアツシさん,ファッションモデル・タレントのIVANさん,一般社団法人fair代表理事の松岡宗嗣さんに登壇いただき,作品についてのそれぞれの思いや多様性についての見解について様々な立場からお話しいただき,議論した。
アサダさんは,企画のきっかけは昔一緒に仕事をしていたゲイの方からの自分が心底楽しめる娯楽メディアを作って欲しいという要望であったとのお話があった。制作にあたっては,地方での聞き取りも含め,入念なリサーチをし,法廷シーンなどもあることから弁護士の南和行氏をアドバイザーに招いている。フィクションではあるものの現実にある性的マイノリティをめぐる社会状況を意識した作りになるよう配慮したという。
主演を務めた宮沢さんは,今回の映画出演の話があったとき是非やらせて欲しいと即答したという。背景には,幼少期から知るゲイの友人の存在がある。人間のセクシュアリティが多様であることは当たり前のことだと思っていたが,大人になるにつれて,必ずしもそうではない社会の現状に気づいたのだという。このような問題意識を持った方が演じる方々の中にもいるということに気づかせてくれる瞬間であった。
MtFのモデル,タレントとしてテレビやラジオ等で幅広く活動されているIVANさんは,個を重んじることの大切さを重視するなど多様性についても発信されている。今回の映画については,当事者であるなしに関わらず,マイノリティと言われる人たちの恋愛物語を観ていただきたいと述べた。そしてご自身の子どもの時のエピソード(他者の目が気になっても母親が常に自分を肯定してくれた等)に触れながら,周りの人々と自分が多少違うとしても自分を愛することを忘れずに,無理をせずに日々楽しく過ごすことの大切さを訴えた。
松岡さんは,本学卒業生であり,在学中からオープンリー・ゲイとしてセクシュアリティの多様性について発信してきた。日本で初めてのアライウィークであった本学のMEIJI ALLY WEEK(2015年開催)の学生実行委員会の代表も務めた人物である。今回の映画『his』については,フィクションではあるものの,日常生活におけるSOGIハラのシーンや裁判のシーンなど様々な場面が「リアル」に描かれており,非常に心に刺さったと述べた。またこのようにゲイを描く作品が本当の意味で当たり前になると時代が来ることを願いたいとも発言した。それだけ今でも様々な場面において性的マイノリティの当事者にとって生きづらさを感じる部分があるということであり,また性的マイノリティを矮小化することなく描くメディアコンテンツというものが少ないということなのであろう。加えて,今回の映画は男性同性愛者を描いたが,このような映画がもっともっと話題になれば,今後より多くの制作者が色々な作品を作ろうとし,結果としてゲイだけではなくレズビアンやトランスジェンダーなど他の性的マイノリティを扱ったいろいろな作品が出てくるであろう,そうなることも期待したいとのお話があった。性的マイノリティの中の多様性の問題,そしてセクシュアリティとジェンダーの交差性(娯楽メディアにおいて今も見られる女性の象徴的抹消・矮小化との関連性)は,様々な研究が指摘していることでもあり,今後の展開に注目したいところだ。
舞台挨拶,2時間強の作品の上映,休憩を挟んで1時間ほどのトークセッションと長丁場のイベントであったが,100人を超える聴衆はトークの話にも静かに聴き入ってくださった。アンケート内容を見ると,本イベントをきっかけに来場者の多くが多様性について改めて考える機会を得たようである。大学という場においてこのような新たな気づきや学びのきっかけを提供できたことを嬉しく思うと同時に,このような機会を共に作り出すことができたことに対して,この度の共催機関である名古屋テレビ(株)関係者の皆様にこの場を借りて厚く御礼申し上げたい。