特別講演会『近世新吉原遊廓の実像と現代』開催報告
2026年01月16日
明治大学 情報コミュニケーション学部ジェンダーセンター
2025年11月17日(月)
特別講演会『近世新吉原遊廓の実像と現代』
【登壇者】
横山百合子氏(国立民族学博物館名誉教授、明治大学文学部ほか兼任講師)
東京都生まれ。フランス社会科学高等研究院客員教授(2024年3月)。東京大学大学院人文社会系研究科日本文化研究専攻博士課程修了。博士(文学)。専門は日本近世史、ジェンダー史。著書に『明治維新と近世身分制の解体』(山川出版社, 2005年)、『江戸東京の明治維新』(岩波書店,2018年)、「遊女の「日記」を読む:嘉永二年梅本屋佐吉抱え遊女付け火一件をめぐって」(長谷川貴彦編『エゴ・ドキュメントの歴史学』岩波書店、2020年) 他、共著・論文多数。2020年10~12月開催の国立歴史民俗博物館企画展「性差(ジェンダー) の日本史」では展示代表を務め、同企画展には2万人以上が訪れた。
【主催】明治大学情報コミュニケーション学部ジェンダーセンター
【日時】2025年11月17日(月)18:00〜20:00(17:30開場)
【会場】明治大学駿河台キャンパス グローバルフロント グローバルホール
【コーディネーター】
水戸部由枝(明治大学政治経済学部教授)
高峰修(明治大学政治経済学部教授)
【来場者数】70名
【報告】水戸部由枝
横山百合子氏が展示代表を務め、2020年10~12月に開催された国立歴史民俗博物館企画展「性差(ジェンダー)の日本史」に、2万人以上が訪れたことは記憶に新しい。横山氏は、同企画展カタログ(2020)、『新書版 性差の日本史』(インターナショナル新書,2021)をはじめ、日本近世史・ジェンダー史の専門家として、これまで数々の著書・共著書・論文を発表し、講演を重ねている。代表作として、著書『明治維新と近世身分制の解体』(山川出版社,2005)および『江戸東京の明治維新』(岩波書店,2018)、共著「遊女の「日記」を読む:嘉永二年梅本屋佐吉抱え遊女付け火一件をめぐって」(長谷川貴彦編『エゴ・ドキュメントの歴史学』(岩波書店、2020年)があげられ、最近では、本報告書でふれる、雑誌『世界』(2025.08)での論稿「吉原と日本人:性の尊厳にたどり着くまで」や、フランス社会科学高等研究院客員教授としての講演「歴史のなかの女と暴力:日仏の事例から」(日仏会館,2025.10.3)など、目覚ましい活躍を続けている。
近世日本の遊郭研究の第一人者である横山氏が強調するのは、歴史学の方法による本格的な遊廓研究はようやく2010年代以降はじまった点である。横山氏によると、遊郭はTVドラマやアニメなどで話題にされ、「吉原は光と闇の世界」、「金さえあれば身分の差なく扱われる解放空間」、「ファッションリーダーが活躍する文化の源」など、さまざまな見方がなされてきた。本講演に先立って寄せられた質問のなかにも、「階層構造・キャリアデザイン・人材育成方法」、「花魁ドリーム」、「遊郭内での格差は運なのか個々人の能力の違いなのか」を問うものや、人身売買状況、近世吉原遊廓と近代の売買春との連続性に関する内容、なかには「大河ドラマやアニメなどでの遊郭・遊女の描き方が表層的で、娯楽作品とはいえ、誤解を招き、特に子どもたちに一方向の先入観を与えるのではないか」と懸念を示す質問もあった。近世の遊郭・遊女のイメージは人それぞれ異なり、私たちはその解釈をめぐって、実態を掴み切れず混乱した状況に立たされている。
そこで本講演では、「明らかになってきた遊廓と遊女の姿を「性と社会」の視点からふり返り、その歴史から何を学ぶべきかを考える」という趣旨のもと、寄せられた質問に可能な限り応答する形でお話を伺った。講演内容の構成は、①近世の遊郭、②近世社会と遊郭の関係、③近世遊郭が現代に問うものとは何か、の主に3点である。①では、遊女屋が人身を所有して売春(性売)を強制する人間の商品化(遊女)と、身代金・仕置・文化による精神的支配(序列・競争)を軸とする遊女の管理について、②では、戦争後の秩序化・全国的金融ネットワークへの組み込み・男性集団管理の手段の3つの観点から性の道具化と権力による保護について、③では、現代の売買春を取り巻く問題と関連させて、性の売買はサービスの売買なのか、およびドラマ、アニメなど性売買を支える文化の役割とは何か、について考察した。
横山氏の研究の特徴としては、厖大な一次史料にもとづきながら、忠実かつ慎重に歴史を記述すること、遊女の視点から歴史を捉えることがあげられよう。本講義でも当時の史資料、たとえば喜多川歌麿などによる遊女の絵画、新吉原遊郭の地図、吉原細見図、吉原張見世の写真、局見世の内部図、遊郭をめぐる金融ネットワーク図、非合法業者の営業地一覧表、放火に関する年表、遊客数の統計表、遊女の日記などを提示しながら丁寧に説明されていた。ことに遊女の日記や放火裁判史料の分析については、イギリス史家の長谷川貴彦氏が横山氏の講演「遊女の「日記」を読む:人は、いつ、何を、なぜ書こうと思うのか」(北海道大学大学院研究院,2025.11.29)へのコメントで、「遊女の日記は「書く」行為による主体形成の表れであり、裁判史料は史料を逆なでに読むことで遊女の声の発見につながる。エゴ・ドキュメント(書簡・日記・自伝・回顧録・裁判記録など「一人称」で書かれた史料)研究の模範例である」と高評価している。
本講演でとりわけ印象的だったのは、「吉原細見」と遊女の序列に関する分析である。蔦谷重三郎が定型化し、通常毎年二回出版された「吉原細見」には、吉原のすべての遊女の名が店ごとに揚代金の順で書かれており、「吉原細見」は廓そのものにとっても必須の出版物だった。この「吉原細見」について、横山氏は二つの役割があったと指摘する。第一に、客にとっての便利なガイドブックとしての役割、第二に、遊女と遊女屋の序列化とその可視化である。この序列化と可視化は、競争の組織化を促がした。遊女たちの生活の端々に至るまでその序列が浸透し、遊女たちに廓の秩序を受け入れさせ、順応させるうえで、極めて有効な手段となった。その一例として横山氏は、嘉永二年(1849)に梅本屋という遊女屋で、過酷な待遇に堪えかねた16人の遊女が共謀して放火し、直ちに自首し妓楼主の非道を訴えた事件に着目する。そして、決行の意思を固めるために書かれた誓紙の名前順が「吉原細見」の記載順であったことは、廓への反抗という場においてさえ、序列が遊女たちに深く内面化されていたことを示す、と指摘する(『世界』178-179参照)。「(吉原)文化」は、どのように美しく芸術的であったとしても、廓での過酷な現実のなかで、遊女支配の装置としても機能していく」のだ(『世界』179)。
講演後のアンケートでは、「学術的な知見を得られたことで(吉原)遊郭・遊女・花魁に対するイメージが大きく変わった」といった内容がもっとも多かった。ほか、「遊郭ほど表象と実像の差が甚だしいものはない」、「人身売買を禁じた一方、奉公という形で合法化したことは性産業と国家の密接な関わりの象徴である」、「常に男性中心の世界であると感じた」、「「昔」というブラックボックスに入ってしまうものを、当時の規範も含めてきめ細かく検証していくことの重要性を感じた」などの意見・感想が寄せられた。実証研究の成果が遊郭・遊女の過酷な状況への理解を深めさせ、また、今もなお解決されていない売買春や性暴力の問題、性の尊厳と女性の人権確立について考える機会を提供した点で、示唆に富む大変有意義な講演であった。
特別講演会『近世新吉原遊廓の実像と現代』
【登壇者】
横山百合子氏(国立民族学博物館名誉教授、明治大学文学部ほか兼任講師)
東京都生まれ。フランス社会科学高等研究院客員教授(2024年3月)。東京大学大学院人文社会系研究科日本文化研究専攻博士課程修了。博士(文学)。専門は日本近世史、ジェンダー史。著書に『明治維新と近世身分制の解体』(山川出版社, 2005年)、『江戸東京の明治維新』(岩波書店,2018年)、「遊女の「日記」を読む:嘉永二年梅本屋佐吉抱え遊女付け火一件をめぐって」(長谷川貴彦編『エゴ・ドキュメントの歴史学』岩波書店、2020年) 他、共著・論文多数。2020年10~12月開催の国立歴史民俗博物館企画展「性差(ジェンダー) の日本史」では展示代表を務め、同企画展には2万人以上が訪れた。
【主催】明治大学情報コミュニケーション学部ジェンダーセンター
【日時】2025年11月17日(月)18:00〜20:00(17:30開場)
【会場】明治大学駿河台キャンパス グローバルフロント グローバルホール
【コーディネーター】
水戸部由枝(明治大学政治経済学部教授)
高峰修(明治大学政治経済学部教授)
【来場者数】70名
【報告】水戸部由枝
横山百合子氏が展示代表を務め、2020年10~12月に開催された国立歴史民俗博物館企画展「性差(ジェンダー)の日本史」に、2万人以上が訪れたことは記憶に新しい。横山氏は、同企画展カタログ(2020)、『新書版 性差の日本史』(インターナショナル新書,2021)をはじめ、日本近世史・ジェンダー史の専門家として、これまで数々の著書・共著書・論文を発表し、講演を重ねている。代表作として、著書『明治維新と近世身分制の解体』(山川出版社,2005)および『江戸東京の明治維新』(岩波書店,2018)、共著「遊女の「日記」を読む:嘉永二年梅本屋佐吉抱え遊女付け火一件をめぐって」(長谷川貴彦編『エゴ・ドキュメントの歴史学』(岩波書店、2020年)があげられ、最近では、本報告書でふれる、雑誌『世界』(2025.08)での論稿「吉原と日本人:性の尊厳にたどり着くまで」や、フランス社会科学高等研究院客員教授としての講演「歴史のなかの女と暴力:日仏の事例から」(日仏会館,2025.10.3)など、目覚ましい活躍を続けている。
近世日本の遊郭研究の第一人者である横山氏が強調するのは、歴史学の方法による本格的な遊廓研究はようやく2010年代以降はじまった点である。横山氏によると、遊郭はTVドラマやアニメなどで話題にされ、「吉原は光と闇の世界」、「金さえあれば身分の差なく扱われる解放空間」、「ファッションリーダーが活躍する文化の源」など、さまざまな見方がなされてきた。本講演に先立って寄せられた質問のなかにも、「階層構造・キャリアデザイン・人材育成方法」、「花魁ドリーム」、「遊郭内での格差は運なのか個々人の能力の違いなのか」を問うものや、人身売買状況、近世吉原遊廓と近代の売買春との連続性に関する内容、なかには「大河ドラマやアニメなどでの遊郭・遊女の描き方が表層的で、娯楽作品とはいえ、誤解を招き、特に子どもたちに一方向の先入観を与えるのではないか」と懸念を示す質問もあった。近世の遊郭・遊女のイメージは人それぞれ異なり、私たちはその解釈をめぐって、実態を掴み切れず混乱した状況に立たされている。
そこで本講演では、「明らかになってきた遊廓と遊女の姿を「性と社会」の視点からふり返り、その歴史から何を学ぶべきかを考える」という趣旨のもと、寄せられた質問に可能な限り応答する形でお話を伺った。講演内容の構成は、①近世の遊郭、②近世社会と遊郭の関係、③近世遊郭が現代に問うものとは何か、の主に3点である。①では、遊女屋が人身を所有して売春(性売)を強制する人間の商品化(遊女)と、身代金・仕置・文化による精神的支配(序列・競争)を軸とする遊女の管理について、②では、戦争後の秩序化・全国的金融ネットワークへの組み込み・男性集団管理の手段の3つの観点から性の道具化と権力による保護について、③では、現代の売買春を取り巻く問題と関連させて、性の売買はサービスの売買なのか、およびドラマ、アニメなど性売買を支える文化の役割とは何か、について考察した。
横山氏の研究の特徴としては、厖大な一次史料にもとづきながら、忠実かつ慎重に歴史を記述すること、遊女の視点から歴史を捉えることがあげられよう。本講義でも当時の史資料、たとえば喜多川歌麿などによる遊女の絵画、新吉原遊郭の地図、吉原細見図、吉原張見世の写真、局見世の内部図、遊郭をめぐる金融ネットワーク図、非合法業者の営業地一覧表、放火に関する年表、遊客数の統計表、遊女の日記などを提示しながら丁寧に説明されていた。ことに遊女の日記や放火裁判史料の分析については、イギリス史家の長谷川貴彦氏が横山氏の講演「遊女の「日記」を読む:人は、いつ、何を、なぜ書こうと思うのか」(北海道大学大学院研究院,2025.11.29)へのコメントで、「遊女の日記は「書く」行為による主体形成の表れであり、裁判史料は史料を逆なでに読むことで遊女の声の発見につながる。エゴ・ドキュメント(書簡・日記・自伝・回顧録・裁判記録など「一人称」で書かれた史料)研究の模範例である」と高評価している。
本講演でとりわけ印象的だったのは、「吉原細見」と遊女の序列に関する分析である。蔦谷重三郎が定型化し、通常毎年二回出版された「吉原細見」には、吉原のすべての遊女の名が店ごとに揚代金の順で書かれており、「吉原細見」は廓そのものにとっても必須の出版物だった。この「吉原細見」について、横山氏は二つの役割があったと指摘する。第一に、客にとっての便利なガイドブックとしての役割、第二に、遊女と遊女屋の序列化とその可視化である。この序列化と可視化は、競争の組織化を促がした。遊女たちの生活の端々に至るまでその序列が浸透し、遊女たちに廓の秩序を受け入れさせ、順応させるうえで、極めて有効な手段となった。その一例として横山氏は、嘉永二年(1849)に梅本屋という遊女屋で、過酷な待遇に堪えかねた16人の遊女が共謀して放火し、直ちに自首し妓楼主の非道を訴えた事件に着目する。そして、決行の意思を固めるために書かれた誓紙の名前順が「吉原細見」の記載順であったことは、廓への反抗という場においてさえ、序列が遊女たちに深く内面化されていたことを示す、と指摘する(『世界』178-179参照)。「(吉原)文化」は、どのように美しく芸術的であったとしても、廓での過酷な現実のなかで、遊女支配の装置としても機能していく」のだ(『世界』179)。
講演後のアンケートでは、「学術的な知見を得られたことで(吉原)遊郭・遊女・花魁に対するイメージが大きく変わった」といった内容がもっとも多かった。ほか、「遊郭ほど表象と実像の差が甚だしいものはない」、「人身売買を禁じた一方、奉公という形で合法化したことは性産業と国家の密接な関わりの象徴である」、「常に男性中心の世界であると感じた」、「「昔」というブラックボックスに入ってしまうものを、当時の規範も含めてきめ細かく検証していくことの重要性を感じた」などの意見・感想が寄せられた。実証研究の成果が遊郭・遊女の過酷な状況への理解を深めさせ、また、今もなお解決されていない売買春や性暴力の問題、性の尊厳と女性の人権確立について考える機会を提供した点で、示唆に富む大変有意義な講演であった。
講演する横山氏
イベントポスター

