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フィールドスタディC(京都府、滋賀県:佐々木先生)実施報告
2024年10月16日
明治大学 経営学部事務室
株式会社川島織物セルコン
オムロン京都太陽株式会社
オムロン株式会社草津工場
実習先:京都府、滋賀県
実習期間:2024年7月4日(木)~7月6日(土)
テーマ:京都企業の歴史と現在
目的(実習のねらい):
この実習では、京都の伝統産業に関わる企業や障害者(視覚障害者を除く)雇用に取り組む製造企業および各種制御装置を製造する企業を見学し、どのような歩みを経て、現在の製造の現場や経営のあり方が構築されてきたのかを学ぶとともに、その延長線上にある近未来のそれら企業の経営のあり方を展望する能力を身に付けることがねらいである。
実習報告:
以下では、見学した学生諸君の所感や注目した諸点および学んだことを中心に報告することにしたい。
(1)1日目(株式会社川島織物セルコン)
初日の7月4日には株式会社川島織物セルコンを訪問した。川島織物セルコンは、創業180年を誇る老舗ファブリックメーカーである。市原の工場では染めから織りまでの工程を一貫して行っており、我が明治大学の駿河台キャンパスのアカデミーコモンにある緞帳も川島織物セルコンが製作したものである。今回の見学では、緞帳やカーテンなどの生産現場や日本最古の企業博物館である川島織物文化館を見学した。
工場では、職人が一つ一つ丁寧に作業を行っているところを間近で見学した。一見同じように見えるが、微妙に異なる何千もの色を作り出す技術にプロフェッショナルを感じた。また、製作に数か月から数年かかるものがあることや、緞帳一つあたり家が一軒建つと聞き、大変驚いた。
文化館では、世界中から蒐集した織物文化の歴史を物語る染織品や古書類を見学した。創業180周年を記念した特別展示品の説明を受けた。中でも西洋の文化を取り入れたテーブルクロスや皿敷の華やかさが印象に残っている。小さな限られたスペースに、日本を代表する名勝や四季の草花、能楽や絵画等の文化を表現し、世界の万国博覧会に出品し、輸出拡大への足掛けとなった話を聞き、非常に興味深いものがあった。
(2)2日目(オムロン京都太陽株式会社およびオムロン株式会社草津工場)
①オムロン京都太陽株式会社
オムロン京都太陽株式会社の見学においては、障がい者を雇う企業としての在り方や働く障がい者の幸せの定義などについて深く理解し、考察をすることができた。
オムロン京都太陽で最初に伺った話の中で、今まで労働ができなかった障がい者が源泉徴収票をみてうれしくて机に飾ったというエピソードがあった。働くことが幸せであるという考え方は当初、私には理解しがたいものであった。しかし、実際に工場を見学させていただいた際、多くの障がい者が働きやすいように、それぞれの特徴に合わせて自ら製作した機械を使用し効率よく勤務している姿を見て活力を感じ取ることができた。この事から日本の福祉に頼るだけでなく、自らができる形で社会に貢献しそれが生きがいになっているのではないかと考えた。
また、見学後の質問の時間に、AIやFAが加速するビジネスの現場にて、それでも障がい者雇用で生産を続ける会社としての意義をご説明いただいた。これまでの効率だけを求める社会ではなく、物質的な豊かさを超えた精神的な豊かさを求めている会社としてオムロン京都太陽を捉えることができた。
今回の見学により、効率化を目指す現代社会の中で何かしらのハンディキャップを持つ者が社会の一員として経済を動かしていくこと、そのような彼らを置き去りにせず、共に発展することへの社会的なヒントや希望を得ることができた。
②オムロン株式会社 草津工場
2日目午後のオムロン株式会社草津工場の見学では、オムロンのモノづくり革新コンセプトである「i-Autmation!」についてより具体的に知ることができた。多品種少量生産が特徴である草津工場では在庫を作らないことを徹底し、段替え時間短縮のためにロボットが次の準備をしておくなどロスを減らす工夫を行っていた。またビックデータを活用して基板一枚単位で実装工程を見える化したり、IoTを活用して人・設備を見える化して、ミスやバランス調節できる場所の発見を素早く行うなど、機械を使った生産性向上方法も印象的であった。それらの取り組みによって生産性は15%向上し、課題抽出時間は6分の1になったそうだ。
また、コンベヤーレスラインでは無人搬送ロボットが工場内を走っている様子が非常に近未来的であった。付加価値を生まない単純作業をコンベヤーレスラインに任せる、つまり人の仕事は奪っていないのである。機械ができるところは機械に任せ、人が得意なところは人に任せるということが人の雇用を守ることに繋がり、それが持続的なモノづくりにつながっていると感じた。従業員の働きがいと産業高度化が両立している現場を見学できたことによって、人と機械が協調するとはどういうことなのかをより具体的に想像できるようになった。
(3)3日目(松下資料館、京都伝統産業ミュージアム)
3日目には、参加学生が自主的に検討して決定した2つの資料館を見学した。それぞれの見学で学んだ主な内容は次の通りである。
① 松下資料館
松下資料館では、松下幸之助の生涯を通じ、彼がどのようにしてどのような想いで経営を行ったのか、また、彼の哲学を学ぶことができた。
松下幸之助の人生はとても波瀾万丈なものであった。幼い頃は父が米相場に失敗した影響で9歳から丁稚奉公として労働しており、その後父との別れ、会社員時代、病、結婚を経験し、その後独立して松下電気器具製作所を設立する。設立して最初の頃は軌道に乗らなかったが、自転車ランプを開発しそれを実物展示販売してみるとこれが大成功して販売が拡大していく。その後世界恐慌が起こり危機に陥るがリストラを行うことなくピンチを乗り切ってみせた。戦時下ではやむなく民需から軍需へと舵を切るが、その影響で戦後GHQから経営活動への制限を受けてしまう。しかしそれでも諦めるとこなく自社の会社員、社会のために働き続け戦後の日本経済に大きく貢献した。
松下幸之助の成功には彼の哲学・人生観が大きく関与しており、それに関連するエピソードや名言は数多くあり、その中で私が一番心に残ったものは「企業は社会の公器」という言葉であり、この考えのもと、松下幸之助は利益と社会課題の解決という両立の難しいことを成し遂げたのだなと思うと、この哲学を忘れずにどんな時代の変化にも対応できる人材になりたいと思った。
② 京都伝統産業ミュージアム
京都伝統産業ミュージアムは、伝統産業についてそれが完成するまでの工程や実際に使われる材料などの展示を見ることができる施設だが、中には木材の匂いを嗅ぐことができたり、それが実際にどのような仕組みであるのか自分の手で組み合わせて体験できるなど五感で楽しむことのできる工夫がされていた。
特に印象に残った点として、京都の伝統工芸品が展示されているのはもちろんのこと、京料理や京菓子など伝統工芸品以外の展示も多数あり、そういった文化も全てひっくるめての伝統産業であるということがわかった。また、綴機の展示では、初日に見学した川島織物セルコンで得た知識と組み合わせることでさらに織物について理解を深めることもできた。
奥の方へ進むと伝統と技を受け継ぎつつより現代的なものとなった産業を紹介するコーナーもあり、まさに『温故知新』という京都の伝統文化を支える根幹を表すような展示であった。
以上
佐々木 聡 専任教授
実習期間:2024年7月4日(木)~7月6日(土)
テーマ:京都企業の歴史と現在
目的(実習のねらい):
この実習では、京都の伝統産業に関わる企業や障害者(視覚障害者を除く)雇用に取り組む製造企業および各種制御装置を製造する企業を見学し、どのような歩みを経て、現在の製造の現場や経営のあり方が構築されてきたのかを学ぶとともに、その延長線上にある近未来のそれら企業の経営のあり方を展望する能力を身に付けることがねらいである。
実習報告:
以下では、見学した学生諸君の所感や注目した諸点および学んだことを中心に報告することにしたい。
(1)1日目(株式会社川島織物セルコン)
初日の7月4日には株式会社川島織物セルコンを訪問した。川島織物セルコンは、創業180年を誇る老舗ファブリックメーカーである。市原の工場では染めから織りまでの工程を一貫して行っており、我が明治大学の駿河台キャンパスのアカデミーコモンにある緞帳も川島織物セルコンが製作したものである。今回の見学では、緞帳やカーテンなどの生産現場や日本最古の企業博物館である川島織物文化館を見学した。
工場では、職人が一つ一つ丁寧に作業を行っているところを間近で見学した。一見同じように見えるが、微妙に異なる何千もの色を作り出す技術にプロフェッショナルを感じた。また、製作に数か月から数年かかるものがあることや、緞帳一つあたり家が一軒建つと聞き、大変驚いた。
文化館では、世界中から蒐集した織物文化の歴史を物語る染織品や古書類を見学した。創業180周年を記念した特別展示品の説明を受けた。中でも西洋の文化を取り入れたテーブルクロスや皿敷の華やかさが印象に残っている。小さな限られたスペースに、日本を代表する名勝や四季の草花、能楽や絵画等の文化を表現し、世界の万国博覧会に出品し、輸出拡大への足掛けとなった話を聞き、非常に興味深いものがあった。
(2)2日目(オムロン京都太陽株式会社およびオムロン株式会社草津工場)
①オムロン京都太陽株式会社
オムロン京都太陽株式会社の見学においては、障がい者を雇う企業としての在り方や働く障がい者の幸せの定義などについて深く理解し、考察をすることができた。
オムロン京都太陽で最初に伺った話の中で、今まで労働ができなかった障がい者が源泉徴収票をみてうれしくて机に飾ったというエピソードがあった。働くことが幸せであるという考え方は当初、私には理解しがたいものであった。しかし、実際に工場を見学させていただいた際、多くの障がい者が働きやすいように、それぞれの特徴に合わせて自ら製作した機械を使用し効率よく勤務している姿を見て活力を感じ取ることができた。この事から日本の福祉に頼るだけでなく、自らができる形で社会に貢献しそれが生きがいになっているのではないかと考えた。
また、見学後の質問の時間に、AIやFAが加速するビジネスの現場にて、それでも障がい者雇用で生産を続ける会社としての意義をご説明いただいた。これまでの効率だけを求める社会ではなく、物質的な豊かさを超えた精神的な豊かさを求めている会社としてオムロン京都太陽を捉えることができた。
今回の見学により、効率化を目指す現代社会の中で何かしらのハンディキャップを持つ者が社会の一員として経済を動かしていくこと、そのような彼らを置き去りにせず、共に発展することへの社会的なヒントや希望を得ることができた。
②オムロン株式会社 草津工場
2日目午後のオムロン株式会社草津工場の見学では、オムロンのモノづくり革新コンセプトである「i-Autmation!」についてより具体的に知ることができた。多品種少量生産が特徴である草津工場では在庫を作らないことを徹底し、段替え時間短縮のためにロボットが次の準備をしておくなどロスを減らす工夫を行っていた。またビックデータを活用して基板一枚単位で実装工程を見える化したり、IoTを活用して人・設備を見える化して、ミスやバランス調節できる場所の発見を素早く行うなど、機械を使った生産性向上方法も印象的であった。それらの取り組みによって生産性は15%向上し、課題抽出時間は6分の1になったそうだ。
また、コンベヤーレスラインでは無人搬送ロボットが工場内を走っている様子が非常に近未来的であった。付加価値を生まない単純作業をコンベヤーレスラインに任せる、つまり人の仕事は奪っていないのである。機械ができるところは機械に任せ、人が得意なところは人に任せるということが人の雇用を守ることに繋がり、それが持続的なモノづくりにつながっていると感じた。従業員の働きがいと産業高度化が両立している現場を見学できたことによって、人と機械が協調するとはどういうことなのかをより具体的に想像できるようになった。
(3)3日目(松下資料館、京都伝統産業ミュージアム)
3日目には、参加学生が自主的に検討して決定した2つの資料館を見学した。それぞれの見学で学んだ主な内容は次の通りである。
① 松下資料館
松下資料館では、松下幸之助の生涯を通じ、彼がどのようにしてどのような想いで経営を行ったのか、また、彼の哲学を学ぶことができた。
松下幸之助の人生はとても波瀾万丈なものであった。幼い頃は父が米相場に失敗した影響で9歳から丁稚奉公として労働しており、その後父との別れ、会社員時代、病、結婚を経験し、その後独立して松下電気器具製作所を設立する。設立して最初の頃は軌道に乗らなかったが、自転車ランプを開発しそれを実物展示販売してみるとこれが大成功して販売が拡大していく。その後世界恐慌が起こり危機に陥るがリストラを行うことなくピンチを乗り切ってみせた。戦時下ではやむなく民需から軍需へと舵を切るが、その影響で戦後GHQから経営活動への制限を受けてしまう。しかしそれでも諦めるとこなく自社の会社員、社会のために働き続け戦後の日本経済に大きく貢献した。
松下幸之助の成功には彼の哲学・人生観が大きく関与しており、それに関連するエピソードや名言は数多くあり、その中で私が一番心に残ったものは「企業は社会の公器」という言葉であり、この考えのもと、松下幸之助は利益と社会課題の解決という両立の難しいことを成し遂げたのだなと思うと、この哲学を忘れずにどんな時代の変化にも対応できる人材になりたいと思った。
② 京都伝統産業ミュージアム
京都伝統産業ミュージアムは、伝統産業についてそれが完成するまでの工程や実際に使われる材料などの展示を見ることができる施設だが、中には木材の匂いを嗅ぐことができたり、それが実際にどのような仕組みであるのか自分の手で組み合わせて体験できるなど五感で楽しむことのできる工夫がされていた。
特に印象に残った点として、京都の伝統工芸品が展示されているのはもちろんのこと、京料理や京菓子など伝統工芸品以外の展示も多数あり、そういった文化も全てひっくるめての伝統産業であるということがわかった。また、綴機の展示では、初日に見学した川島織物セルコンで得た知識と組み合わせることでさらに織物について理解を深めることもできた。
奥の方へ進むと伝統と技を受け継ぎつつより現代的なものとなった産業を紹介するコーナーもあり、まさに『温故知新』という京都の伝統文化を支える根幹を表すような展示であった。
以上
佐々木 聡 専任教授