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ジェンダーセンター

シンポジウム『「違和感」から始まるジェンダー表現—アートディレクター、メディア制作、身体パフォーマンスをとおして』開催報告

2024年07月08日
明治大学 情報コミュニケーション学部ジェンダーセンター

2024年6月27日(木)
情報コミュニケーション学部 創設20周年記念
シンポジウム『「違和感」から始まるジェンダー表現—アートディレクター、メディア制作、身体パフォーマンスをとおして』

【登壇者】
五十嵐LINDA渉氏 (アーティスト・アートディレクター)
広告ディレクションを主に、空間演出、グラフィック&イラスト、ファッションや商品開発まで、幅広いジャンルでキュート&MODE なクリエイティヴィティを発揮するアーティスト。SHIBUYA109 環境リニューアルのクリエイティブディレクターの就任や、東京ガールズコレクション、大創産業(DAISO)と協業での雑貨ブランド「ash」立ち上げなど、多岐に渡り活動している。

ジェレミー・ベンケムン氏(写真家・ビジュアルアーティスト・編集者)
フランス・カンヌ出身。東京を拠点に活動を行なっている。2020年に世の中の当たり前に“違和感”を問いかける雑誌「IWAKAN」を仲間と創刊。アートやジェンダー、また現代社会を取り巻くさまざまな問題や不自然な固定観念に深い関心を持つ。

マダム・ボンジュール・ジャンジ氏(ドラァグ・クイーン)
あらゆる境界線を超えたキラキラした世界を願い国内外で『YES!Future』と謳い続ける。1997年〜All Mix Party『ジューシィー!』など違いを超えてデアウ「時空間」を創造。2022年、国連「UN in Action」シリーズ『Beyond Boundaries: Drag Queen of Tokyo』(『境界を超えてー東京のドラァグクイーン』)に取り上げられ、世界に配信された動画が注目を集める。

【主催】明治大学情報コミュニケーション学部ジェンダーセンター
【日時】2024年6月27日(木)18:00~20:00(17:30開場)
【会場】明治大学駿河台キャンパス グローバルフロント グローバルホール
【企画・ファシリテーター】大島 岳氏(情報コミュニケーション学部助教)
【来場者数】36名

【報告】大島岳
 ジェンダー表現を通じ 実際に社会に新しい社会圏を切り拓いてきた三人から「「違和感」からはじまるジェンダー表現」というテーマで、講演とディスカッションを行った。
 冒頭では、司会の大島から、ジェンダーセンターの設立経緯と意義、今年2024年は情報コミュニケーション学部設立20周年であることに触れ、イベント趣旨について説明を行った。ジェンダー表現とは、メイクや服装、言葉づかい、身体や仕草など外的に現れる表現のうち、ジェンダーと結びつけられていることを指す。典型的には女男二元論にもとづく「女らしさ」や「男らしさ」があり、たとえば小学生のランドセル流行色に関する近年の動向などを考えると、具体的なイメージがつきやすい。
 ステレオタイプ化されたジェンダー表現から、自分自身をいかに解き放っているのか。その解き放ちが、どのような当事者性と絡み、芸術や文化の次元から少しずつ社会問題の次元に対し創造的な新しい生き方や文化の醸成とつながるのか。このような議論を行う機会は決して多くないが、未来を構想する想像力を培うことは重要である。以上を問題意識として踏まえ、「違和感」を起点に各講演者に自己と社会との関わりの歴史と展望について語ってもらい議論を交わした。
 最初の登壇者、ジェレミー・ベンケムン(Jeremy Benkemoun)さんからは、四人で雑誌「IWAKAN」の創刊に至る経緯、創作過程での読者との対話、その後の広がりについてお話があった。「世の中の当たり前に”違和感”を問いかける」をコンセプトに、2020年10月から2023年5月まで計6号、さらに小冊子を出版した。内容は、ジェンダー・性別に関する社会規範、多様性とは何か、政治など、アートエディトリアルからアカデミックな対話など幅広く読者の声を積極的に記事に掲載し対話により進められてきた。2022年9月からはPODCASTで「なんかIWAKAN」、2024年6月からは「もっと元違和感」を配信し、目まぐるしく変化する環境に即し、より対話性を重視したメディア・コミュニケーション実践を行っている。孤独や違和感は、同じ問題関心や価値観を抱く他者とつながる契機となること、日本では忌避されがちな政治に関して、「政自」という自分ごととして捉え対話を促すこと、日常生活上のあらゆるところでジェンダーの視点から物事を捉えることなどによって、生活文化がより豊かになる可能性があると指摘した。
 続いて、五十嵐LINDA渉さんからは、自身の生活史を中心に現在の活動に至る原点についてお話があった。アーティストとして、これまで「美少女戦士セーラームーン」や「ESTER BUNNY」などポップ・カルチャーを具現化する空間演出やグラフィック、ファッションや広告ディレクションを手がけてきた。「カワイイの魔術師」として数々の作品を手がけてきた根底にあるのは、自分自身がこれまで生きてきた中で、いつも違和感を持ってきたこと、こうした違和感に対する「鏡」として、ありたかった世界線を現実に創成してきたことが語られた。また、自身の活躍を可能にした一つの必要条件として、InstagramなどSNSの発達という時代的文脈があったことが指摘された。それによって、自身が火事など偶然の不幸により一時的に住む家がなくなった時でも、残ったパソコンを用い仕事を始めることができたという「生きるための理論」が具体的に語られた。
 最後の登壇者、マダム・ボンジュール・ジャンジさんからは、自身の生活史の中で性別欄への記入を強制される男女二元論に従うことが、人間らしくあることを意味すると感じた際、非常にショックを受けたこと、スポーツや文化祭でのできごとなど、支配的なジェンダー規範の中で「違和感だらけで生きていた」ことが語られた。違和感を起点に、ファッションが表現の有力な手段や方法であること、新宿二丁目で多彩な人と出会い、「ジャンジ」という名前を創成し、ダンスなどパフォーマンスを通じ自分を表現できるようになった。時代的文脈として、クラブ文化の盛況の中でHIV/エイズの流行が生じ、HIV陽性者の声が決して他人事ではなく自分の経験との共通点があることに気づき、共通して背景に性教育が忌避され、性的な自己決定が阻害される社会問題があることに気づいたことが指摘された。
 以上三人の生活史に続き、後半では会場からの質疑応答に登壇者が応え議論する形式で展開された。就職活動でどのようにサバイブしていけば良いか、クィアコミュニティの中で少数派と感じたことはあるか、あるとしたらどのように対処したか、違和感をどのように他者に伝えることができるかなどさまざまな質問があった。
 対して、登壇者からは、それぞれの経験や価値観に基づいた応答があった。ロジカルな説明や対話を重ねることにより交渉を可能にする具体的な戦術の説明、逆に自分のうちなる声に従い突き進む勇気を持つ力強いメッセージ、帰ることができる場所やつながりの重要性などが伝えられた。
 会場には笑いと同時に涙が溢れる場面もあった。特に、ジェンダー規範に向き合ってきた智慧や経験という生きられた理論に対する対話の重なりが印象深かった。事実イベントの感想からは、 「ふだんは研究者の目線から語られることが主であったため、様々なフィールドで活動している人たちからの話を聞くことができてとても良かった」、「自分らしく生きることは難しくも感じるが勇気をもらえた」、「あらためて自分が無意識に持っていた違和感や差別に気づいた」、「型にはまらず、カテゴリーにわけたりせず、ありのままを受けられる人になりたいと思った」、「アートを通じたジェンダー表現について学ぶことができた」など応答があり、後日講演者にフィードバックを行った。以上の一連の対話からは、双方にエンパワメントをもたらし未来を展望するような、コンヴィヴィアリティ(多様な人やモノが共生・共存できること)のためのさまざまな知が生まれていた場所の力の創成が垣間見られた。あっという間の二時間であった。なお、演者および参加者からの希望があり、手話通訳者の方にご協力いただいた。

来場者からの質問、相談に答えるマダム・ボンジュール・ジャンジ氏(左)、五十嵐 LINDA 渉氏(正面左)、ジェレミー・ベンケムン氏(正面右)と、ファシリテーターの大島岳助教(右)。来場者からの質問、相談に答えるマダム・ボンジュール・ジャンジ氏(左)、五十嵐 LINDA 渉氏(正面左)、ジェレミー・ベンケムン氏(正面右)と、ファシリテーターの大島岳助教(右)。