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ジェンダーセンター

講演会『社会的コンフリクトとしての持続可能性』開催報告

2023年01月12日
明治大学 情報コミュニケーション学部ジェンダーセンター

2022年11月7日(月)開催
講演会『社会的コンフリクトとしての持続可能性』

【登壇者】ジークハルト・ネッケル氏
ハンブルク大学(ドイツ連邦共和国)教授。専門は経済社会学、不平等研究、持続可能性の社会学、感情社会学など幅広いが、その中心には現代の資本主義分析がある。ベルリン自由大学で教授資格を取得後、ジーゲン大学、ウィーン大学、ゲーテ大学(フランクフルト)教授を歴任する。邦訳としては『地位と恥辱—社会的不平等の象徴的再生産』(岡原正幸訳、法政大学出版局、1999年)、「エモーショナル・キャピタリズムの文化—現代の感情操縦のパラドックス」(三島憲一訳、『思想』2015年5月号、岩波書店、2015年)がある。
【主催】明治大学情報コミュニケーション学部ジェンダーセンター
【日時】2022年11月7日(月)17:00-19:30
【会場】明治大学駿河台キャンパスグローバルフロント1階多目的室
【司会・コーディネーター】宮本真也(情報コミュニケーション学部教授)
             出口剛司(東京大学大学院教授・学外運営委員)
【逐次通訳】横山陸(中央大学准教授)

【報告】出口剛司

 今日、「持続可能性(Nachhaltigkeit)」という理念は、人類社会がめざすべき共通の目標として広く受け入れられている。ただし、一般的に持続可能性といえば、悪化し続ける自然環境問題に対する実践的な処方箋として理解されることが多い。しかし本センターは、「日本のみならず国際社会において持続可能な社会の実現は喫緊の課題とされ、そのためにはジェンダー問題の解決が地球環境、貧困等の課題解決と同等に重要であるとの認識」に立ち、持続可能な社会の実現にジェンダー問題の解決が不可欠であると位置づけてきた(ホームページ「センター長あいさつ」より)。また、歴史的にもエコロジーとジェンダーとの間には深いつながりがあり、1980年代に展開された有名なエコ・フェミ論争がそのことを証明している。こうした問題意識を背景に、社会学の観点から持続可能性の問題に取り組むハンブルク大学教授のジークハルト・ネッケル氏の講演会を企画した。司会は、運営委員の宮本、出口が行い、通訳を中央大学の横山陸氏に依頼した。
 ネッケル氏の講演のポイントは、「将来にわたって再生可能で良好な自然環境を維持することをめざす」という意味での持続可能性とそうした持続可能性をめざした生活様式それ自体とが、社会的コンフリクトを引き起こす要因となるという点にある。事実、エコロジー志向は大学で高い教育を受けた都市部の中間層に拡大する一方、右派ポピュリズムや旧中間層、不安定層(プレカリアート)の間では、環境政策や環境保護に対する抗議活動が活発化している。さらにネッケル氏は、中間層における持続可能性が一つの集合的なアイデンティティと化し、ブルデュー的な意味での他の社会集団に対する卓越化の原理として、生活機会(資源)の確保に貢献している点を指摘する。そうした中で、道徳的責任と化したエコロジカルで禁欲的な中間層の生活様式に対し、右派ポピュリズムは道徳に対抗する「市民の権利」として、環境に有害な政策を正当化するという事態も生じている。さらに、持続可能性をめぐるコンフリクトは住宅問題でも顕在化し、グリーン都市をめざす再開発(ジェントリフィケーション)が、中間層のエコロジカルな生活様式に対応した都市空間を生み出す一方、いわゆる低所得者層は中心部の地価高騰から郊外へと排除されていくのである。
 日本では、持続可能性は「エコ」という言葉とともに、一部の「意識の高い」人々のライフスタイルという認識にとどまり、政治の場ではコンフリクトの要因というよりも、上からの政策目標という性格が強い。しかし、格差拡大や物価高騰という現状を前にして、「社会的コンフリクトとしての持続可能性」というテーマは、将来の日本における「エコ」問題を考える上で極めて示唆的である。

講演するジークハルト・ネッケル教授講演するジークハルト・ネッケル教授