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ジェンダーセンター

シンポジウム『アイドルから考える「フェムテック」—若年女性の健康管理とそのテクノロジー化をめぐって—』開催報告

2023年01月25日
明治大学 情報コミュニケーション学部ジェンダーセンター

2022年12月13日(火)開催
シンポジウム
『アイドルから考える「フェムテック」—若年女性の健康管理とそのテクノロジー化をめぐって—』

【登壇者】
・竹中夏海氏(振付師・ホリプロ所属)主著『アイドル保健体育』(CDジャーナルムック、2021年)

・標葉靖子氏(実践女子大学人間社会学部准教授)科学コミュニケーション論。著書に『ポストヒューマン・スタディーズへの招待』『残された酸素ボンベ』『教養教育再考』など。

【主催】明治大学情報コミュニケーション学部ジェンダーセンター
【日時】2022年12月13日(火)18:00-20:00
【会場】明治大学駿河台キャンパスグローバルフロントグローバルホール
【司会・コーディネーター】竹﨑一真(明治大学情報コミュニケーション学部特任講師)

          
【報告】竹﨑一真
 今回のシンポジウムでは、2名の講師をお招きし、女性の健康課題やそれを支える新しいテクノロジーである「フェムテック」との向き合い方について、司会兼コーディネーターである竹﨑と議論を行った。
 シンポジウムの冒頭では、竹﨑より「フェムテックの現状と課題」について報告を行った。「フェムテック」は、デンマークのイダ・ティン氏によって開発された月経管理アプリ『Clue』の登場によって注目を集め、日本でも2020年に「フェムテック元年」と呼ばれるほど市場が拡大した。むろん、女性の健康課題をテクノロジーで解決するということ自体は決して新しいことではないが、「フェムテック」は三つの意味で革新性をみせている。第一が、「女性起業家」によって市場が活性化している点。第二が、データ(デジタルテクノロジー)による新たな知見に基づいた商品開発がなされている点。そして第三が、フェミニズムやLGBTQ+などの運動と結びつくことでダイバーシティ&インクルージョンとしての市場を形成している点である。
 これらの革新性をもつフェムテックは大きな注目を集めているが、しかしながら科学技術イノベーションの行き過ぎた進展は、人間社会の倫理的(E)、法的(L)、社会的(S)課題(I)を置き去りにする側面もある。例えば、フェムテックが「女性活躍」などの新自由主義的言説と結びつくことによって、月経管理を強いる風潮が強まることや、月経を上手く管理できることが女性の模範になる可能性があること。さらには、すでに欧米のスポーツ界では起こっているが、月経が「データ」となることで、月経周期の組織的管理が行われる可能性や、あるべき女性の身体という理想がより強固なものになる可能性があることだ。このようにELSIの観点からみれば、フェムテックには多くの課題や懸念があり、フェムテックがもつ革新性を言祝ぐだけでなく、立ち止まりながら、考え続ける必要があることを竹﨑は指摘した。
 続いて竹中夏海氏による報告が行われた。竹中氏からは、アイドルの健康課題が問題視されるようになった背景や、アイドルへのフェムテックの有用性、健康課題を抱えたアイドル達への竹中氏の取り組みなどについて報告がなされた。
 竹中氏によれば、アイドルの健康課題が取りざたされるようになったのは、ステージに立つアイドルたちの運動量が急激に増加したことにあるという。その原因の一つは、マイク技術の進化によるダンスパフォーマンスの激化にある。かつて歌手が使用していたマイクは、固定式のスタンドマイクやコードがついたものが主流であった。それらのマイクでは、激しい動きをすることができず、せいぜい手や足など体の一部のみを使ったパフォーマンスのみであった。ところが90年代以降では、コードレスマイクやヘッドセットなど、歌手の動きを制限しないものが一般的となり激しいダンスパフォーマンスが可能になった。そして、さらにアイドルたちの運動量を増加させたのは、AKB48のブレイクを引き金とした「アイドル戦国時代」への突入にある。2010年代に入ると、アイドルはテレビの中だけでなく街にも現れるようになった。多くのアイドルやアイドルグループが登場したことにより、他との差別化を図るためにパフォーマンス内容が年々多様化し、激化するようになったのである。
 こうしたアイドルを取り巻く環境の変化は、アイドル女性たちの身体にも大きな影響をもたらしている。特に、月経困難症を抱えるアイドルは多く存在し、なかにはそれが原因でアイドルの道を断たれるという事例も少なくない。しかしながら、女性の健康課題は社会のなかでタブー視されていることが多い。それは「アイドル」であればなおさらだ。彼女たちは、課題を抱えていることを見透かされないように「アイドル」らしく振舞うことが求められているのである。そこで竹中氏は、アイドルの体づくりや健康課題について相談し合うための「アイドル専用ジム」を設立した。そこでは、体づくりやボイストレーニング、ダンスレッスンのほかに、臨床心理士への相談もできるようになっている。竹中氏は、シンポジウムにおいて「アイドルには、自分の健康問題のことを言い出せずにいる子がたくさんいる。その子たちの中には我慢したり、知識が足りず、間違ったケアをしてしまう子がどうしてもいる。だからこそ、正しい知識を共有し合える空間が必要だ。」と訴えた。
 最後に、標葉靖子氏による発表が行われた。標葉氏からは、科学技術社会論や科学コミュニケーションの立場から、フェムテックが抱える課題について報告があった。標葉氏が指摘する課題は、「フェムテック」がある程度「科学的知見に基づいている」と認識されているからこそ、正誤の判断がつきにくい「ディープフェイク」にも陥りやすいという点である。
現代に生きる人々は、情報の多くをインターネットを経由して取得しており、特に近年では若者の多くがTikTokを利用していることが明らかとなっている。SNSなどのソーシャルメディアは、「楽に」「わかりやすく」「短時間で」「イメージで」情報を取得することが可能であり、多くのユーザーが利用している。しかしその一方で、ソーシャルメディアには「ディープフェイク」が蔓延しやすく、正誤の判断がつきにくい情報も拡散しているのである。
 フェムテック市場は、市場の予想を大きく超えて拡大している。それはSNSなどのソーシャルメディアによるフェムテックに関連する投稿数の急増にも表れており、「フェムテック」と検索するだけで様々な製品情報や記事、つぶやきを目にすることができる。そこでは、「テック」とは名ばかりのスピリチュアル系の製品や、信憑性に乏しい製品の情報も飛び交っており、それゆえ標葉氏は、「フェムテック」それ自体が登場したころよりもさらに曖昧なもの(バウンダリー・オブジェクト)になりつつあると指摘し、フェムテック情報との向き合い方に警鐘を鳴らした。
 標葉氏は報告の最後に「膨大な量の情報を疑い、出典を辿り、自らその科学的な信頼性・妥当性を判断するリテラシーを身に着ける必要はあるものの、それには限界がある。それと同時に『害のある誤情報』に接触する頻度を下げるための仕組みを作る必要があること、そして個人個人も自らの身体に関わることとして、当該テクノロジーの専門家でなくても、自らの考えや疑問を言語化して伝える力が必要である」ことを指摘した。

竹中夏海氏竹中夏海氏

標葉靖子氏標葉靖子氏

ディスカッションをする標葉氏(左)、竹中氏(中央)、竹﨑氏(左)ディスカッションをする標葉氏(左)、竹中氏(中央)、竹﨑氏(左)